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ベンチャー法務の部屋

「固定残業代」に関連する判例(最高裁平成29年7月7日小法廷判決)の紹介

今回は、「固定残業代」に関連する判例として、最高裁平成29年7月7日小法廷判決を紹介します。

 

1 概説

経営者の方々から、「割増賃金を、予め固定額で基本給や諸手当に含める方法で支払うことに問題はありませんか。」という相談が寄せられることがあります。今回紹介する判例は、時間外労働に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意をしていた医師が、時間外労働に対する割増賃金並びにこれに係る付加金の支払等を求めた事案です。

 

本判決は、
①通常の労働時間に対応する賃金部分と割増賃金部分とを判別できること、
②その上で、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額の額を下回らない場合には、
労働基準法37条に定める割増賃金の支払いがされたと認められる旨示しました。
(当然、①の通常の労働時間に対応する賃金部分が最低賃金を下回らないことも必要となります。)

 

経営者の方々としては、本件のように、「時間外労働に対する割増賃金を年俸に含める」という合意をしていたからといって安心できないという点に注意が必要です。

 

それでは、固定残業代の制度を導入する場合、具体的にどのような定めをおけばよいのでしょうか。以下、参考になる条項案を示します。

 

第●条(固定残業手当)
A:基本給には、第〇条に定める時間外勤務手当の●時間相当分(割増賃金計算の基礎となる時給単価×1.25×●)が含まれるものとする。
B:基本給のうち、●万円を、第〇条に定める時間外勤務手当として支給する。

 

この規定は、基本給に固定残業代を含める場合の規定です。
Aのように時間を表示するパターン、Bのように額を表示するパターンが考えられます。

 

 

第●条(固定残業手当)
・□□手当は、第〇条に定める時間外勤務手当の●時間相当分(割増賃金計算の基礎となる時給単価×1.25×●)が含まれるものとする。
・□□手当は、その全額を第〇条に定める時間外勤務手当として支給する。

 

この規定は、固定残業代を「業務手当」等の名目で基本給とは別途支給する場合の規定です。同じく、時間を表示するパターン、額を表示するパターンが考えられます。

 

 

第●条(固定残業手当)
1 従業員には時間外勤務手当の支払いに充てるものとして毎月定額の固定残業手当を支給することがある。
2 会社が固定残業手当を支給するときは、1ヶ月の時間外勤務手当の金額が固定残業手当の金額を超えた場合に限り、超過額を別に支給する。また、深夜割増賃金、休日割増賃金が発生したときは、固定残業手当と別にこれを支給する。

 

この規定は、従業員によって固定残業代が異なる場合に用いる規定です。
固定残業手当として支給する場合のルールを明確に規定しています。

 

判例によると、このような規定を設けた上で、給与明細を確認したときに、通常の労働時間に対応する賃金部分と割増賃金部分とを判別できることが必要とされています。したがって、タイムカード等による労働時間の管理が必要となることは当然の前提となります。

 

それでは、判例の紹介に移ります。

 

2 事案の概要
医師であるXは、医療法人Yに雇用されており、その年俸は1700万円とされていました。XY間の雇用契約においては、時間外勤務に対する給与はYの医師時間外勤務給与規程(以下「本件時間外規程」といいます。)の定めによるとされており、本件時間外規程は、時間外手当の対象となる業務は、原則として、病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならないこと等を定めていました。また、XY間の雇用契約においては、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金については、年俸に含まれることが合意されていましたが、その年俸のうち、いくらが時間外労働等に対する割増賃金に当たるのかは明らかにされていませんでした。

 

本件は、Yから解雇処分を受けたXが、解雇の無効を争うとともに、時間外労働等に対する割増賃金並びにこれに係る付加金の支払等を求めた事案です。以下、本記事においては、割増賃金の部分についてのみ述べます。

 

3 争点
時間外割増賃金が年俸に含まれているか否か(年俸の支払いによって時間外労働等に対する割増賃金が支払われたと言えるか。)。

 

4 裁判所の判断
まず、割増賃金を予め基本給等に含めて支払うという方法自体について、労働基準法37条は、労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下「労働基準法37条等」という。)に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまると解され、労働者に支払われる基本給や諸手当(以下「基本給等」という。)にあらかじめ含める方法により割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない、と述べ、その方法自体を直ちに違法とは判断しませんでした。

 

もっとも、他方、割増賃金を予め基本給等に含める方法で支払う場合において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、その判断の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である、としました。

 

その上で、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等により定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである、としました。

 

そして、本件においては、XとYの間に、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金については、年俸1700万円に含まれるという合意があったものの、このうち時間外労働に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったことから、Xに支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない、したがって、年俸の支払いによってXの時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできない、としました。

 

5 本判決について
(1) 使用者が時間外・休日労働の規定(労働基準法33条1項2項・36条)によって労働時間を延長し、もしくは休日に労働させた場合、または午後10時から午前5時までの間の深夜に労働させた場合においては、その時間またはその日の労働については、通常の労働時間または労働日の賃金の計算額に一定の割増率を乗じた割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)(菅野和夫「労働法[第11版補正版]」492頁~493頁)。

 

(2) もっとも、割増賃金の規定が使用者に命じているのは、時間外・休日・深夜労働に対し同規定の基準を満たす一定額以上の割増賃金を支払うことであるので、そのような額の割増賃金が支払われる限りは、法所定の計算方法をそのまま用いなくてもよいとされています。(菅野和夫「労働法[第11版補正版]」498頁)

 

実務でも、法所定の計算方法をそのまま用いずに割増賃金について「固定残業代」として支払う方法が採用される場合があります。固定残業代としては、①時間外労働等に対して定額の手当を支給する定額手当制と、②基本給の中に割増賃金を組み込んで支給する定額給制の方法が考えられます。この点については、「労働者に対して実際に支払われた割増賃金が法所定の計算による割増賃金を下回らない場合には、労働基準法37条違反とならない」とされていることから(昭和24年1月28日基収3947号)、割増賃金不払いの法違反も成立しないこととなります。

 

そして、「労働者に対して実際に支払われた割増賃金が法所定の計算による割増賃金を下回らない」か否かを判断するためには、①であれば、基本給と割増賃金に相当する部分を、②であれば、定額給のうち割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分を明確に区別しておかなければならないとされています。さらに、①②とも、割増賃金に相当する額が、労働基準法37条所定の計算方法に基づく割増賃金を満たしている必要があります。

 

(3) また、年俸制と割増賃金との関係については、「年俸に時間外労働等の割増賃金が含まれていることが労働契約の内容であることが明らかであって、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができ、かつ、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている場合は、労働基準法第37条に違反しない」とされています(平成12年3月8日基収第78号)。

 

(4) 本判決で示された内容は、本判決が引用する過去の最高裁判例(最二小判平成6年6月13日、最一小判平成24年3月8日、最三小判平成29年2月28日)において明らかにされてきた理解に沿うものです。また、本判決の特徴としては、労働者の労働の特徴や高額の報酬額を問題とせずに、専ら、割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別することができるか、という観点から年俸の中に時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が含まれていたかを判断している点が挙げられるとされています。

 

このように、割増賃金について、労働基準法37条所定の計算によらずに固定残業代として支払うことが許されるか、という問題については最高裁として上記の一定の基準が示されていることが認められます。

 

今後、固定残業代の制度を導入する場合には、本判決及び本判決が引用する最高裁判例が示す基準、すなわち、①通常の労働時間に対応する賃金部分と割増賃金部分とを判別できること、②その上で、割増賃金相当部分が法定の割増賃金額の額を下回らないかを検討して、労働基準法37条に定める割増賃金の支払いがされたといえるか否かを判断する、という基準にご留意頂く必要があります。

 

(文責:三村雅一)

2018年04月13日 11:44|カテゴリー:企業法務,未分類コメントはまだありません

いわゆる有償ストック・オプションを発行する場合に、株主総会において報酬等に関する決議が必要か

1 「いわゆる有償ストック・オプションと「報酬等」規定」(弥永真正著)と題する論文

旬刊商事法務No.2158(2018年2月15日号)に、「いわゆる有償ストック・オプションと「報酬等」規定」(弥永真正著)と題する論文が掲載されています。

これは、企業会計基準委員会が平成30年1月12日に、「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」(実務対応報告第三六号)を公表したことを契機として権利確定条件付き有償新株予約権を取締役に付与した場合に、会社法第361条第1項に基づいて報酬等の付与として、株主総会の決議が必要であるかどうかを議論した論文です。

当職が知る範囲では、従前の解釈は、いわゆる公正な払込金額に相当する額の金銭が払い込まれる有償ストック・オプションは、「財産上の利益」を与えるものではないため、株主総会の決議は不要と解されるという主張が多いように思います。

 

2 ベンチャー企業が、有償ストック・オプションを発行する理由

ここで、ベンチャー企業が、有償ストック・オプションを発行して、役員や従業員に割り当てる理由を確認したいと思います。

ベンチャー企業の経営者には、ベンチャー企業の役員や従業員に対して、時価総額を最大化するという方向性で共通のインセンティブをもってもらうために、株主と同じような利害関係を創りたいという動機があります。その方法として、主に、3つの方法が考えられます。

(1)株式
(2)無償ストック・オプション
(3)有償ストック・オプション

いずれの方法も現実には存在します。

ただ、株式は、株主間契約等で拘束しない限り、会社との関係が切れても保有されてしまうリスク(フリー・ランチのリスク)や株主総会招集通知を送付しなければならないといったデメリットがあり、原則として、避ける方向が多いと思います。

そこで、(2)の無償ストック・オプションか、(3)の有償ストック・オプションが選択肢に上がります。

この2つを分けるのは、税制です。
(2)の無償ストック・オプションについては、いわゆる税制適格が得られないと、権利行使時、すなわち新株予約権が株式に変わったときに、所得税の課税対象となり、納税分の現金が用意できないリスクや所得税の税率の高さといったデメリットがあるため、忌避されることが多いです。(なお、金額が小さいと、これらのリスクやデメリットは大きくないことから、税制非適格の無償ストック・オプションが発行されることも時折見かけます。)

税制適格が得られない場合には、有償ストック・オプションが活用されます。典型的には、大株主の地位にある役員や、役員・従業員ではない外部協力者です。公正な発行価額にて発行された有償ストック・オプションは、いわゆる資本的取引であり、所得税の適用は受けず、また、権利行使時ではなく、株式売却時に課税されるため、上記の無償ストック・オプションのリスクやデメリットがありません。(なお、公正な発行価額にて発行する必要があるため、新株予約権の払込金額の算出が多少面倒かもしれません。)

そのため、ベンチャー企業では、有償ストック・オプションを発行することが少なくありません。

当事務所でも、ストック・オプションのスキーム選択や、要項・契約書の作成について、非常に多く助言を行っており、上記の状況をヒアリングしつつ、適宜アドバイスを行っています。

 

3 会社法上の役員報酬規制

会社法では、取締役の報酬等(職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益)については、額、具体的な算定方法、又は内容を、定款又は株主総会の決議によって定めなければならないと規定されています(会社法第361条第1項)。

その理由は、いわゆる「お手盛り」の防止、すなわち、取締役が自らの報酬を自由に決定できるとすると、好きなだけ高く設定することができ、その分、株主が損をするということにあるとされています。

また、取締役会決議では、充分に牽制機能が働かないことや、株主としても有能な取締役を失わないためにどの程度の「報酬等」を付与するかを考えるべき立場になることが理由とされています。ただ、個人的には、上場企業の場合に、この後者の理由が妥当するのかは、疑問の余地がないわけではありません。

さらに、金銭対価以外の場合には、報酬等としての合理性を判断する機会を株主に与えるという趣旨もあるとされています。

 

4 いわゆる有償ストック・オプションを発行する場合に、株主総会において報酬等に関する決議が必要か

上記の論文では、「「権利確定条件付き有償新株予約権」が会社法361条にいう「報酬等」に常に当たらないことが自明であるとはいえない」と小括しています。

同論文は、基本的に、開示している「権利確定条件付き有償新株予約権」を調査しているようであり、上場企業が念頭に置かれていると思われます。

とはいえ、会社法第361条は、上場企業にも非上場企業にも適用されますので、仮に、「権利確定条件付き有償新株予約権」が会社法361条にいう「報酬等」に該当する可能性があると解釈すると、安全を見て、非上場企業でも、取締役に新株予約権を発行する際には、株主総会の報酬決議をしなければならないということになります。

ベンチャー企業の実務上は、正直なところ、あまり手続的な実益が乏しいにもかかわらず、報酬決議を取得することは更なる手間を要することになり、あまり好ましい事態ではないように思われます。具体的には、非上場企業では、第三者割当により新株予約権を発行するに際しては、株主総会の決議を経ることになり(会社法第238条第2項、第240条第1項)、少なくとも会社法第239条第1項の枠取り決議が必要です。しかしながら、報酬決議も必要だとすると、付与時にも、株主総会の決議を経なければならなくなります。

枠取り決議では、付与対象者が不明であるので、再度の株主総会決議には、役員への付与を承認するという意義があるという考え方もあり得ますが、普通は、枠取り決議時に、およそどのような属性の者に付与するのかについて、予め株主に説明した上で、承認を得ていることが普通でしょうから、実務的には、二度手間が生じるように思われます。また、枠取り決議の要件は、出席株主の3分の2であり(会社法第309条第2項第6号)、報酬決議より要件が厳しいという点から、要件が緩い報酬決議をさらに必要としなくても良いとも考えられます。さらには、非上場企業が具体的な「報酬等の額」を算出することはかなり負担が多いように思われます。

少なくとも、非上場企業においては、公正な発行価額にて発行された有償ストック・オプションについては、発行手続において株主総会決議を経ている以上、いわゆる「お手盛り」の防止や、報酬等としての合理性を判断する機会を株主に与えるという趣旨も達成できるのであり、さらに株主総会の報酬決議を必要とする、取締役への実質的な地位や特権的な機会の付与があるとはいえず、「財産上の利益」がないと解して、報酬決議を不要と解釈することは十分に可能であると考えられます。

なお、以上は、弁護士森理俊の個人的見解に過ぎず、特定の裁判の結果を保証するものではなく、また、当事務所を代表して意見を述べるものでもありません。

 

2018年04月04日 10:57|カテゴリー:ベンチャー・ファイナンスコメントはまだありません

定型約款に関する民法改正(3)

これまで2回にわたって定型約款に関する民法改正について紹介してきました。今回が最終回になります。

 

1 定型約款の内容の表示(第548条の3)

 

前回紹介したように、改正民法は、第548条の2第1項で、定型約款が契約内容となるための要件として、①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき、②定型約款準備者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき、と規定しています。このように、改正民法は、原則として定型約款を契約内容とするための要件として、定型約款の内容の開示を求めていません。

もっとも、定型約款を用いた取引を行う場合、定型約款を示される相手方としては、契約の内容となる約款の内容を知っておかなければ不安であることから、実務上は、契約前に約款の内容が示されることが通常であると考えられます。

改正民法第548条の3は、この約款内容の開示に関し、(1)定型約款準備者から約款の内容について任意の開示がされていない場合に開示を求めることができるのか、(2)定型取引合意前に約款の内容が開示されなかった場合にまで定型約款が契約内容となるのか、といった点について定めた規定です。

 

(1)について

まず、第548条の3は、第1項で、定型約款準備者の相手方に対する定型約款の内容に関する開示義務を定めています。ただし、定型約款準備者が既に相手方に対して定型約款を記載した書面を交付し、又はこれを記録した電磁的記録を提供していたときは、改めて開示する必要はありません。

 

(2)について

次に、同条第2項は、「定型約款準備者が定型取引合意の前において前項の請求を拒んだときは、前条の規定は、適用しない。」として、定型約款準備者が契約締結前に正当な理由なく第1項の開示請求を拒んだ場合には、定型約款は契約内容とならない旨定めています。

また、同じく定型約款準備者が第1項に定める開示義務に違反した場合には、相手方に対し、それによって被った損害の賠償義務を負うことになります。

 

なお、本条に定める開示をもって、重要な約款事項について信義則上の情報提供義務・説明義務を果たしたことにはならない点には注意が必要です。

 

本条第2項で、開示義務に違反した場合には定型約款が契約内容とならないとされていること、また、開示義務に違反したことによる損害賠償義務を負いうること、さらに、第548条の2の第1項第2号において、予め定型約款の内容を開示していたときには定型約款が契約内容となるとみなされることに照らせば、実務的には事前に定型約款を契約の内容とする旨を相手方に示すとともに、定型約款の内容を記載した書面等を相手方に交付しておくべきであると考えられます(第一東京弁護士会 司法制度調査委員会編 「改正債権法の逐条解説」262頁参照)。

 

2 定型約款の変更

 

定型約款により契約が成立した後に内容を変更する必要が生じた場合について定めているのが第548条の4です。

 

本来、一度成立した契約の内容を変更するためには、相手方の同意が必要であるのが原則です。もっとも、定款取引は不特定多数の相手方を対象としていることが多く、個別の同意を得ることは現実的に不可能です。

 

この点について、約款変更の要件に関する明確な規定や運用が定まっていなかったため、改正民法第548条の4は、(1)定型約款に基づく契約を締結した後に定型約款準備者が約款の内容を変更するための要件、(2)その際の手続等について明らかにする規定になっています。

 

(1)約款変更の要件について

①定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき

②定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき

には、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなされます。

 

②の要件を満たすか否かの判断の際の考慮要素として挙げられている事情についてはあくまで例示列挙であり、これ以外にも、例えば、相手方に解除権の付与など、相手方が被る不利益を軽減する措置が講じられているか否かといった事情も考慮要素となります。

 

なお、[定型約款中に、「定款を変更することができる」旨の定めがあること]については、約款変更のための要件ではありませんが、これも上記考慮要素の一つとされていることから、定型約款を作成する際には、定型約款中に、「定款を変更することができる」旨の定めを置くことをおすすめします。

 

(2)約款変更の際の手続について

本条2項では、定型約款準備者は、定型約款の変更をするときは、

①約款変更の効力発生時期を定め、かつ

②定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知する

必要があります。

 

本条3項では、(1)②の方法による変更の場合、すなわち、定型約款の変更が相手方の利益に適合するという判断に基づく場合ではなく、合理性の基準を満たすという判断に基づく場合については、効力発生時期までに上記周知をしなければ変更の効力を生じないとされています。

 

なお、周知→効力発生という手続を踏まなければならないことは規定されているものの、周知から効力発生までにどの程度の時間を置けばよいのかについては具体的に定められていません。この点については、周知という手続が、定款の変更によって不利益を受ける相手方を保護するための手続である以上、不利益への対抗措置を講じるのに十分な時間か否かが判断基準とされると考えられます。

 

最後に、本条4項においては、第548条の2第2項のみなし合意除外規定を適用しない旨確認的に規定されています。これは、定型約款変更の有効性に関する本条1項1号及び2号における判断は、第548条の2第2項の判断よりも慎重かつ厳格に行われるものであることを理由とするものです。

 

3 改正民法施行日前の契約について

改正民法施行日以後の定型取引については、改正民法が適用されます。

この点、附則第33条第1項本文は、改正民法の施行日前に締結された定型取引にかかる契約についても、定型約款に関する改正民法の規定が適用される旨定めています。ただし、附則第33条第1項ただし書は、旧法の規定によって生じた効力を妨げないと規定していることから、旧法のもとで有効なものとされていた約款条項が改正民法の定型約款に関する規定によって無効なものとされることはありません。また、施行日前に、相手方から反対の意思が書面・電磁的記録によって示された場合には、附則第33条第1項は適用されません(附則第33条第2項、第3項)。

 

以上

2018年03月20日 17:16|カテゴリー:未分類コメントはまだありません

企業と個人との業務委託契約と、独占禁止法の適用の可能性について

先日、日本経済新聞等で「フリーランス、独禁法で保護」等として、「企業と雇用契約を結ばずに働く技術者やスポーツ選手らフリーランス人材が独占禁止法で保護される」方向で、運用指針が制定される方向で検討されている旨の報道がありました。

 

2018年2月16日
日本経済新聞「フリーランス、独禁法で保護 公取委、運用指針を公表 過剰な囲い込み防ぐ」

上記の記事では「これが労働分野に独禁法を適用するための事実上の運用指針になる。」とあるものの、この内容は有識者検討会の報告書であり、今は、公正取引委員会が「今後の業務の参考とするため,本報告書に関する御意見を広く募集することとしました。」として、パブリックコメントを募集している段階であり、現時点では、確定したガイドライン(指針)ではないことに留意が必要です。

 

平成30年2月15日 公正取引委員会 競争政策研究センター
「人材と競争政策に関する検討会」報告書について

平成30年2月15日 公正取引委員会 競争政策研究センター
『人材と競争政策に関する検討会 報告書』

 

フリーのITのエンジニアが、業務委託(請負・準委任)で契約する場合や芸能事務所とタレントの間で契約する場合等に適用される可能性があり、この有識者検討会の報告書の内容が、運用指針として運用されるようになると、実務への影響が大きいと予想されます。

 

ここでは、この報告書について、気になった点に言及したいと思います。

 

【報告書のポイント(一部)】
・ 自由競争減殺の観点からは,発注者が役務提供者に対して,発注者が自らへの役務提供に専念させる目的や,役務提供者の育成に要する費用を回収する目的のために合理的に必要な(手段の相当性が認められる)範囲で専属義務を課すことは,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。
・ 競争手段の不公正さの観点からは,発注者が役務提供者に対して義務の内容について実際と異なる説明をする,又はあらかじめ十分に明らかにしないまま役務提供者が専属義務を受け入れている場合には,独占禁止法上問題となり得る。

 

【特に気になった点】

報告書34頁以下に、

 

発注者が役務提供者に対して合理的な理由なく行う以下の行為は,それにより他の発注者が商品・サービスを供給することが困難となるなどのおそれを生じさせる場合には,自由競争減殺の観点から独占禁止法上問題となり得る。
・ 役務の成果物について自らが役務を提供した者であることを明らかにしないよう義務付けること
・ 成果物を転用して他の発注者に提供することを禁止すること
・ 役務提供者の肖像等の独占的な利用を許諾させること
・ 著作権の帰属について何ら事前に取り決めていないにもかかわらず,納品後や納品直前になって著作権を無償又は著しく低い対価で譲渡するよう求めること

 

とあります。

 

したがって、これまで実務上行われてきた、個人のITエンジニアとの間で、著作者人格権の不行使特約を設けたり、タレント自らの肖像権について事務所の独占的利用を認める専属契約を締結したりする行為(肖像等の独占的許諾義務)が、独占禁止法上の問題となる可能性があります。

 

 

 

 

ところで、オリンピックとの関係で、この肖像権の独占的利用について、問題となりつつあります。一方は、知的財産権の保護(JOC側)と独占禁止(優越的地位の濫用)の綱引きの問題といえるかもしれません。

 

欧州では、以下の運用があるようです。

 

【2017年12月21日ドイツ連邦カルテル庁プレスリリース】
○ ドイツ連邦カルテル庁は,オリンピックに参加する選手が,オリンピック期間中及びその前後の一定期間,広告目的での選手自身,名前,写真や,スポーツの実演の利用を禁止することを内容とするオリンピック憲章の運用は競争を制限しており,ドイツオリンピック連盟及び国際オリンピック委員会は市場支配的地位を濫用している疑いがあるとして,両団体について調査を進めている。

 

日本でも、日本オリンピック委員会(JOC)が平昌冬季五輪の代表選手の壮行会や報告会を非公開としたとされることに対し、菅義偉官房長官が公開が望ましいとの考えを示す等、議論が起こっています。

朝日新聞「五輪壮行会、菅長官「公開が望ましい」」

日本でも、芸能事務所等の分野でも、今までの常識が変わっていくかもしれません。

2018年03月15日 11:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネスコメントはまだありません

定型約款に関する民法改正(2)

前回は、改正民法における定型約款に関する規定の概要についてご説明しました。今回からは、その各論について紹介します。

 

改正民法第548条の2は第1項で、定型取引合意をした者は、次に掲げる場合には、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなす、として、約款の内容が契約内容とみなされるための要件について定めています。

 

ここで、

(1)どういった約款が改正民法の規定する約款に関するルールの適用対象となるのか、

(2)どのような場合に、契約当事者の一方が作成した約款を契約内容とみなすことができるのか、が問題となります。

 

(1)について

まず、改正民法は、新たに設けられる約款規定の対象となる約款=定型約款について、「①定型取引において、②契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項の総体」と定義しています。

 

①について

改正民法は、「定型取引」について、

ア ある特定の者が不特定多数の者を相手として行う取引であり、かつ、

イ 内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的なもの

と定めています。

 

アについては、相手の個性に着目しない取引であると説明されており、労働契約等、相手の個性に着目した取引はこのアの要件を満たさないとされています(部会資料86-2 1頁)。

 

イについては、一方当事者において契約内容を定めることの合理性が一般的に認められている取引でなければならないとされています。すなわち、多数の人々にとって有用なサービスが平等な基準で提供される場合、サービスの性質上、多数の人々にとって平等な基準で提供されることが要請される場合など、具体的には、銀行取引における預金規定などがこれに当たるとされます。

 

②について

一方当事者から示された契約条項の内容を他方当事者が十分に吟味することが通常とされる場合には、この要件を満たさないことになります。

 

したがって、事業者間取引において利用される契約書のひな型や約款については、相手方の個性に着目する場合には①アの要件を欠き、交渉力の格差によって契約内容が画一的なものになっている場合には①イの要件を欠き、そのひな型をたたき台として交渉が行われ、条項の修正が行われることが想定されている場合にはこの②の要件を欠くことから、事業者間取引において利用される契約書のひな型や約款については、基本的には定型約款の定義には該当しない、とされています。

 

(2)について

改正民法第548条の2第1項は、(1)①の定型取引を行うことを合意した者が、

①定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたとき

②定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたとき

に、定型約款の個別の条項についても合意をしたものとみなすことができる旨定めています。

 

まず、定型取引の合意とは、あくまで定型取引を行うことの合意であり、約款の内容を了解して行う契約の意思までは求められていません。

 

①について

①の合意については、定型約款によることの合意があれば足り、約款の個別の条項の内容を了解することまでは求められていません。

 

②について

①と同じく、定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していれば足り、定款を示された相手方が、個別の約款条項の内容を了解することまでは求められていません。

 

このように、改正民法では定型約款が契約内容になるかどうか、という点について、契約の相手方に対して定型約款の内容の開示や認識可能性を要件としていません。もっとも、次回紹介する第548条の3の規定が存在することに照らしても、実務上は、相手方に対して約款の内容が示されることなく、上記①②の合意がなされることはないと考えられます。

 

なお、取引自体の公共性が高く、かつ、定型約款による契約の補充の必要性が高いもの、すなわち、鉄道・軌道・バス等による旅客の運送に係る取引、高速道路等の通行に係る取引、電気通信役務の提供に係る取引その他の一切の取引については、定型約款を準備した者が定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ「公表」していれば、「表示」までしていなくとも、当事者がその定型約款の個別の条項について合意をしたものとみなす旨の特別規定を設けています(鉄道営業法第18条ノ2、軌道法第27条ノ2、航空法第134条の3、道路運送法第87条、海上運送法第32条の2、道路整備特別措置法第55条の2、電気通信事業法第167条の2)。

 

上記の通り、改正民法第548条の2第1項に定められた要件を満たした場合、定型約款の個別条項が契約内容となります。もっとも、同条第2項では、第1項の要件を満たした約款条項であっても契約の内容にはならない場合について規定しています。

 

すなわち、

(1)相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項

(2)その定型取引の態様及びその実情並びに取引上の社会通念に照らして、第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるもの

については、合意をしなかったものとみなす旨定められています。

 

本条項の趣旨は、定型約款が一方的に準備されるものであることから、条項内容の合理性が担保されておらず、約款取引を巡るトラブル事例も多いという約款にまつわる問題に照らし、約款を示される相手方を保護することにあります。

 

なお、条項内容自体が不当条項に該当しない場合であっても、同条項における重要な事項について相手方にとって予測し難い内容が含まれているような場合には、その内容を容易に知り得る措置を講じなければ、信義則に反することとなる蓋然性が高いとされています。このように、本条項は、不意打ち条項規制と不当条項規制に関する規定を一本化した規定と言われています。

 

なお、消費者契約において、「定型約款」が使用され、同約款内に不当条項が含まれている場合、消費者は事業者に対し、改正民法第548条の2第2項に基づく主張と、消費者契約法第8条~10条に基づく主張を選択的に行使できることになります。

 

以上の通り、一般的に「約款」と呼ばれているものの全てが改正民法の定型約款に関する規定の対象となるわけではない点には注意が必要であり、個別のケースごとに「定型約款」の要件を満たすかどうかを検討しなければなりません。また、改正民法第548条の2第1項第2号の「表示」とは具体的にどの程度のことをすればよいのか、どのような条項が改正民法第548条の2第2項の定める条項に該当するかなど、判断が困難な部分もありますので、この改正を機に、いわゆる約款を用いた取引を行われている事業者の方々は、一度、弁護士にご相談されることをおすすめ致します。

以上

2018年02月19日 10:58|カテゴリー:企業法務コメントはまだありません

投資契約(株式引受契約)や株式譲渡契約における表明保証条項について(その2)

前回は、①表明保証条項とは、②表明保証違反が判明した場合、③表明保証違反と株式引受人・譲受人(=投資家)側の悪意又は重過失、という内容をお伝えしました。前回の内容は、契約書の法的な効力という観点から、やや法技術的な側面が強かったかもしれません。

 

今回は、投資契約(株式引受契約)を締結するにあたって、企業側(発行会社側)が、表明保証条項に、どのようなスタンスで臨めば良いか、という観点をお伝えしたいと思います。

 

1 表明保証条項のチェック
投資契約(株式引受契約)においては、企業側(発行会社側)は、基本的に受け身であることが、ほとんどです。というのも、企業側(発行会社側)は、投資を受けるに際して、制約がない方がよいというのが常であるため、企業側からVCに投資契約書のファーストドラフトを提示する例は少ないです(一般的な総数引受契約のみの提示に留まることはあります。)。実務では、基本的にVC等の株式引受人(投資家)側が、予め用意している投資契約書の雛型を提示し、企業側(発行会社側)側が、提示された投資契約書をチェックする、という流れがほとんどです。

 

投資契約書をチェックする場合は、用語が意味不明であるときや、どのような事態を想定している規定なのかわからないときがあります。その場合は、弁護士に相談して頂くことをお薦めします。意味の分からない契約書に署名・押印しないという会社経営における心構えは、どのような契約書であっても当てはまりますが、投資契約においても、極めて重要な心構えです。というのも、株式に関する契約書は、後から変更することが難しいことがほとんどであり、一度、署名・押印した不利な条項は、簡単には変更できないためです。

 

さて、投資契約書をチェックするにあたっては、複数にわたる各項目を読み、自社において、相反する事実が現存していないかを、点検します。

 

例えば、「発行会社の運営に必要な知的財産権は、全て発行会社に帰属しているか、適切なライセンスを受けている」といった項目があったとします。この場合に、未だ、発行会社の代表取締役個人に帰属している商標権があったり、共同研究を行った大学に帰属している特許権があったりした場合は、その事情を株式引受人(投資家)に説明し、「発行会社の運営に必要な知的財産権は、~~~を除き、全て発行会社に帰属しているか、適切なライセンスを受けている」といった内容に変更してもらう必要があります。

 

企業(発行会社)は、このような変更の交渉を怠ってはなりません。むしろ、株式引受人(投資家)による、投資契約書の雛型の提示は、企業(発行会社)による自発的な問題点のあぶり出しを期待しているところがあり、株式引受人(投資家)にとっては想定の範囲内です。

したがって、企業(発行会社)は、遠慮なく、抵触している可能性のある事実を株式引受人(投資家)に伝えた方がよいと考えます。

 

2 表明保証条項に抵触する事実への対応(投資契約書への反映)
ここでは、表明保証条項に抵触する事実が存在した場合に、どのように投資契約書に反映するかを検討します。

 

例えば、企業(発行会社)の事業にとって、必要な特許権が、その企業の社長個人に帰属していたとします。

 

この場合は、株式引受人(投資家)は、早く会社にその特許権を譲渡してもらいたいと考えます。そこで、投資契約上は、(i)投資契約書締結前に特許権の譲渡を完了する、(ii)投資契約書締結後、投資実行前に特許権の譲渡が完了する、(iii)投資実行後、できる限り速やかに特許権の譲渡を完了する、という3つの譲渡時期が想定されることになります。

 

(i) 投資契約書締結前に特許権の譲渡を完了する場合は、投資契約書上、表明保証条項に、発行会社の運営に必要な特許権が全て発行会社に帰属していることを記載することになります。
(ii) 投資契約書締結後、投資実行前に特許権の譲渡が完了する場合は、投資契約書上、投資実行の条件として、特許権の譲渡を記載することになります。
(iii) 投資実行後、できる限り速やかに特許権の譲渡を完了する場合は、投資契約書上、企業(発行会社)の義務(誓約事項)として記載することになります。

 

また、事実として約束しきれない場合、例えば「第三者の知的財産権を侵害した事実はない」といった規定があれば、「発行会社及び経営支配株主の知る限り、第三者の知的財産権を侵害した事実はない」といった文言を付け加えることが考えられます。

 

3 まとめ
企業(発行会社)側が投資契約書を締結する場合、初めて、投資契約書に向き合うことも少なくありません。意味の分からない契約書に署名・押印しないという心構えを強く維持し、弁護士と相談したり、投資家に質問したりして、不明な点、不安な点を全て解消してから、締結することを強くお薦めします。

 

また、表明保証に抵触する事実がある場合や抵触しているかよくわからない場合、投資家に隠すという選択は、問題を先送りにする行為であり、得策ではありません。表明保証に抵触する事実や、抵触しているかよくわからない状態を、上手く投資契約書に反映させて、企業(発行会社)と株式引受人(投資家)の信頼関係の礎としていただければと思います。

文責:森 理俊

2018年02月02日 15:17|カテゴリー:ベンチャー・ファイナンスコメントはまだありません

定型約款に関する民法改正(1)

皆様は、携帯電話や旅行、保険の契約の際など、細かい文字でびっしりと記載された約款をご覧になられたことがあるかと思います。このように、現代社会においては、多くの場面で事業者側が作成した約款に基づく取引が行われています。

 

一般的に、こういった約款を使用した取引では、約款を示された側において、契約前にその約款の条項の内容全てについて説明を受けることは極めて稀であり、条項の内容を認識しないままに契約を締結してしまうということが多々あります。私自身、弁護士という仕事をしていますが、業務以外で約款を全て読んだことなどありません。

 

さて、私も含めてになりますが、契約前に約款について十分な検討をしないことによって、契約を締結した後に、「そんな条項が約款にあったのは知らなかった。」という形で、認識していなかった約款の条項に関するトラブルが発生することがあります。

 

そこで今回のブログでは、平成29年5月26日に成立した、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)(同年6月2日公布)において、新たに設けられることとなった「定型約款」に関する規定について紹介します。なお、今回の改正は、一部の規定を除き、平成32年(2020年)4月1日から施行されます。(用語について、施行前であることから、改正前の民法を「現行民法」、改正後の民法を「改正民法」と呼ぶことにします。)

 

まず、現行民法には、約款に関する規定は存在しません。もっとも、原則として、約款の内容について同意があった場合(保険契約において、「約款の内容について同意します」という欄にチェックを入れる場合や、オンライン契約の際に、まず約款の確認を求められ、「同意しました」のボックスについてクリックを求められる場合など。)には約款の内容についても契約の内容となる、というのが一般的な解釈でしょう。この点、約款に記載された内容が契約内容となるかが争われた裁判例においても、「保険加入者は反証のない限り約款の内容による意思で契約をしたものと推定すべきである」と判示した裁判例(大審院大正4年12月24日判決)が存在します。もっとも、当事者が約款に記載された条項について認識していなかった場合に、同条項について、「合意の対象になっているものとは言いがたく、これに当事者を拘束する効力を認めることは相当でない。」旨判示した裁判例(山口地裁昭和62年5月21日判決)も存在するなど、約款の拘束力の根拠について議論されたり、約款に関するルールについてより明確なものとすべきであるとの要請が高まっていました。

 

そこで、今回の民法改正においては、約款を用いた取引におけるルールを明確化すべく、定型約款に関する規定が新設されました。

 

具体的には、改正民法では、第548条の2において、約款の定義、約款に含まれる個別の条項が契約内容とされるための要件を、第548条の3において、約款の内容の表示義務及び同義務に違反した場合の効果を、第548条の4において約款内容の変更のための要件を定めています。

 

事業者の皆様の中には、改正民法第548条の2~同条の4の対象となる「定型約款」を用いた取引を行っている方もが多くおられます。この点、定型約款に関する改正民法は、改正法施行日以後の定型取引だけでなく、改正民法施行日前に締結された定型取引にも適用される旨を定めています(改正民法附則第33条第1項)。したがって、実務に与える影響は決して小さいものではなく、皆様にも知っておいて頂く必要性が高いものであると考え、紹介させて頂きました。

 

なお、改正民法第548条の2~同条の4の詳細については、今後随時アップさせて頂く予定にしております。また、当事務所では、実務に与える影響が大きいと思われる改正を中心に、改正民法に関するセミナーを開催する予定にしておりますので、この点についても詳細が決まり次第アップさせて頂きます。

 

参考文献:「新旧対象でわかる 改正債権法の逐条解説」(第一東京弁護士会 司法制度調査委員会 編)、「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会 編)

2018年01月24日 12:29|カテゴリー:未分類コメントはまだありません

投資契約(株式引受契約)や株式譲渡契約における表明保証条項について(その1)

今回は、投資契約(株式引受契約)や株式譲渡契約における表明保証条項について、考えてみます。

過去に、「株式譲渡契約に関する注意点(1)」というタイトルで、当事務所の三村雅一弁護士が、株式譲渡契約について、記載しています。

今回、私は、投資契約(株式引受契約)や株式譲渡契約に必ずといってよいほど、規定される表明保証条項を掘り下げてみたいと思います。

 

1 表明保証条項とは

表明保証条項は、
契約時ないしクロージング時といった一定の時点における契約の前提となる事実(例えば、財務諸表のデータ、法令違反や行政指導の事実の有無、反社会的勢力等との接触の不存在等)、発行会社や経営支配株主(発行会社の代表者であることがほとんどです。)に関する重要な情報で、引受や譲受の判断や、株式の発行価額や譲渡代金等の設定に際して、発行会社等や譲渡人等側が事実の存否・内容を保証するというものです。

また、「すべて真実かつ正確であり、虚偽の事実を含んでおらず、記載すべき重要な事項又は誤解を生じさせないために必要な事実の記載を、欠いていないこと」を、表明して保証するといった文言が頭書に記載されていることが多いです。

 

2 表明保証違反が判明した場合

表明保証違反とは、表明保証が為された時点の後に、表明保証された事実の認識が実際と違っていたことが判明した場合を、意味します。

一般的には、契約書に、表明保証違反の制裁が規定されています。多くは、損害賠償と解除です。また、対価の支払い前に発覚すると、前提条件の不充足として、代金を支払わない(=契約は有効にならない)という形を、とる場合も多いです。

法律上の議論としては、民法に基づく錯誤による無効、詐欺による取消しといった意思表示の欠缺の問題として捉える場合や、瑕疵担保責任や債務不履行等に関する考え方を適用する場合があろうかと思います。

株式引受契約の場合は、会社法第211条第2項によって、錯誤無効や詐欺取消しの主張は、制限されているため、注意が必要です。

 

【会社法第211条第2項】
募集株式の引受人は、第209条の規定により株主となった日から一年を経過した後又はその株式について権利を行使した後は、錯誤を理由として募集株式の引受けの無効を主張し、又は詐欺若しくは強迫を理由として募集株式の引受けの取消しをすることができない。

 

ベンチャー投資実務における投資契約書では、表明保証違反の制裁として、株式引受人(=投資家)の株式買取請求権を、定めていることが多いです。この株式買取請求権が発動すると、発行会社や経営支配株主が、株式引受人(=投資家)が保有している株式を買い取る義務が生じます。株式買取請求権の設計では、発動の条件と株価の定め方がポイントになります。

なお、表明保証違反が瑕疵担保責任や債務不履行に該当するかという問題と、さらに、該当したとしても、表明保証違反の場合の損害とは何かという問題は、法律上、難しい問題が潜んでいますので、今回は割愛します。

 

3 表明保証違反と株式引受人・譲受人(=投資家)側の悪意又は重過失

株式引受人・譲受人の悪意又は重過失がある場合に、補償等を求めることができるかという問題です。

株式引受人・譲受人が、表明保証違反を知りながら、取引を完結して、クロージング後に、発行会社や譲渡人に、表明保証違反に基づく請求をすることは、サンドバッギングと呼ばれています。契約書で、サンドバッギングを認める条項を規定する例は、日本でも、見かけることはありますが、割合的に多くないと思います。また、日本の裁判例では、特に契約書に記載がない場合は、サンドバッギングを否定される方向(=株式引受人・譲受人が、表明保証違反を知っていれば、制裁措置を発動できない)で判断されるケースがほとんどのようです。

したがって、発行会社等についてデュー・ディリジェンスをすればするほど、色々事情を知ることになるわけですから、契約書上も工夫が必要になります。

特に、特定の事項について、リスクがありそうだが、そのリスクの程度や処理にかかるコストがはっきりとはわからない、又は契約当事者間で、意見が違うといった場合は、表明保証に記載し、且つ、その事項だけ抜き出して、特別補償という形で、引受人・譲受人の主観を問題としない補償条項を用意するか、サンドバッギング条項を設けるか、ということになります。

2017年11月17日 10:36|カテゴリー:ベンチャー・ファイナンスコメントはまだありません

株式譲渡契約に関する注意点(1)

前回のブログでは、株式譲渡契約における価格調整条項の内容に関する裁判例を紹介し、株式譲渡価格決定の基礎となる対象会社の財産状況が試算された日(基準日)から実際の株式譲渡の日までの間に時間的間隔がある場合に注意すべき点について説明をしました。

もっとも、株式譲渡契約においては、その他にも注意すべき点が多々存在するため、その注意点について説明をしたいと思います。

 

1 譲渡の合意

株式譲渡契約とは、株式の売買契約を意味します。そこで、まずは、目的物となる株式を特定し、その所有権の移転を約するとともに、その対価である代金を定める必要があります。

 

(1)株式の特定

譲渡の対象となる株式を明確に特定する必要があります。

一般的に、発行会社、株式の種類及び数で特定します。

なお、対象会社が株券発行会社の場合には、株券番号によっても特定を行う方法が考えられます。

 

(2)譲渡価格

譲渡価格の算定方法には様々な方法があるものの、株式譲渡契約書には、当事者間で合意した価格を記載します。

もっとも、株式譲渡契約の締結から実際に株式譲渡が行われる日までの間に時間的間隔がある場合には、両時点において対象会社の価値が変動する場合があります。

そのため、事後的に価格調整を行うための価格調整条項を設けることが考えられます。但し、前回のブログで紹介した裁判例のように、価格調整条項を設けていたとしても、どの範囲の変動が価格調整の対象になるのか、ということが争われることがあるため、この点についても事前により明確に定めておくことが望ましいと考えます。

 

上記売買契約の一般的な内容に加え、株式譲渡によってある企業の株式を取得するということは、その企業そのものを取得するという側面があるため、通常の売買契約とは異なる視点で注意をしなければならない点がありますので、以下、説明します。

 

2 株式の譲渡と譲渡代金の支払い

 

(1)譲渡日に加え、時間や場所等について定めることが考えられます。

 

(2)同時履行の確保

対象会社の株式の移転と、対価である代金の支払いとは、同時履行の関係にあるのが原則であり(民法533条)、この原則に従って、契約と同時に株式は移転し、対価の支払義務が生じることとなります。

そのため、株式の移転に必要な書類交付の履行時期と、代金の支払時期や条件を明確にすることが考えられます。

 

(3)株式譲渡に要する手続

株式譲渡に必要な会社法上の手続は、①対象会社が株券発行会社か否か、②当該株式が譲渡制限株式であるか否かによって異なります。

 

①まず、対象会社が株券発行会社である場合、株券の交付が株式譲渡の効力発生要件であるため(会社法128条1項)、株券の交付が必要となります。したがって、株券が発行されていない場合には、株券を発行してもらい交付を受けることとなります。もっとも、株券を所持することで喪失する危険性があるため、譲受人から会社に対して株券不所持の申し出(会社法217条1項)を行うことが考えられます。

次に、株主名簿の書換えが会社に対する対抗要件として必要となります(会社法130条1項、2項)。

一方、対象会社が株券不発行会社である場合、株券の交付は必要とされませんが、会社その他の第三者に対する対抗要件として株式名簿の書換えが必要となります(会社法第130条1項)。

 

②当該株式が譲渡制限株式である場合、対象株式を譲渡するためには、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議によらなければなりません(会社法139条1項)。もっとも、定款に別の定めがある場合(会社法139条1項但書)もあるため、対象会社の譲渡承認機関については定款または登記簿謄本確認が必要です。

 

上記①②の内容によって、株式の所有権の移転に必要とされる資料や手続が異なることから、契約の際には注意が必要となります。

 

 

次回も引き続き、株式譲渡契約に関する注意点について説明をします。

 

(文責:三村雅一)

2017年10月29日 14:47|カテゴリー:未分類コメントはまだありません

セミナー「ベンチャー企業における弁護士活用の実際と課題」のレポート

去る9月14日、大阪弁護士会が主催し、大阪イノベーションハブ(大阪市)が共催するイベントに登壇しました。

 

テーマは、「ベンチャー企業における弁護士活用の実際と課題」です。

 

私(森理俊)は、弁護士会側で企画・運営をして、当日は、司会を務めさせて頂きました。

 

登壇者は、
アレン・マイナーさん
(サンブリッジ グループCEO 株式会社サンブリッジ グローバルベンチャーズ代表取締役社長兼会長)
吉川正晃さん
(大阪市経済戦略局 専務理事)
牧野成将さん
株式会社Darma Tech Labs 代表取締役、共同創立者)
のお三方でした。

 

当日の詳しいレポートは、Global Venture Habitat のイベントレポートが大変詳しいので、ぜひ、ご参照下さい。

 

このセミナーには、多くの若手を中心とした弁護士が参加して下さり、登壇者間でも、かなり活発に議論が交わされ、非常に楽しく、有意義な会でした。

 

今回の司会をさせていただく中で、感じた課題の一つは、関西にいる起業家にとって、投資契約書や株主間契約書がまだまだ見慣れないものであり、VCから出てきた投資契約書や種類株式の要項の理解や弁護士のレビューに、相当コストと時間を費やしている可能性があるという現実です。シードやアーリーの段階では、できればVCも投資家も、かなり定型的な範囲で、双方にとって、効率の良い交渉の進め方があるはずで、例えば、タームシートや投資契約書の雛型化・標準化や、複数のVCが投資する場合におけるリードVCがVC側全体の交渉担当者となる投資カルチャーの醸成等、課題と解決に到る仮説が、様々に議論されました。

 

特に、投資契約書・株主間契約書における、表明保証条項や強制売却権(Drag
Along Right)、みなし清算条項等は、案件毎にアレンジは必要かもしれませんが、VC毎に異なることにあまり合理性はありません。

当事務所でも、上記の課題解決の他、弁護士費用の明瞭化等に取り組んで参りたいと思います。

また、このブログでも、投資契約書の個別の条項について、解説、研究結果や情報の共有などを進めて参りたいと思います。

2017年10月19日 16:43|カテゴリー:ベンチャー・ファイナンスコメントはまだありません