ここから本文です

ベンチャー法務の部屋

「ビジネスモデル」とはなんだろう? ビジネスモデルについての7つの質問

Tech Crunchが2011年1月10日 に配信したトピックに、「わかったつもりになっていませんか:「ビジネスモデル」とはなんだろう?」という記事がありました(原文「What Exactly is a Business Model?」)。

この中で、現実的なビジネスモデルを構築する際に、共通する7つの基本概念が示されています。

1. 顧客訴求力を持つこと。Reaching customers.
2. プロダクトの差別化。Differentiating your product.
3. 価格設定。Pricing.
4. 販売。Selling.
5. 配送/頒布方式。Delivery/distribution.
6. カスタマーサポート。Supporting Customers.
7. 顧客満足度の向上。Achieving customer satisfaction.

(引用終わり)

これらの点を要約して、質問形式に引き直してみました。私なりの言葉で記載しましたので、解釈が異なっていてもご容赦ください。

1.この商品・サービスの潜在顧客は、誰ですか?その潜在顧客にどのように接触するのですか?
2.この商品・サービスは、他社とどのように違うのですか?
3.この商品・サービスによって、顧客が得られる価値に見合った価格になっていますか?
4.この商品・サービスを購入しようとする者は、どのような過程を経て、購入の意思決定をしますか?
5.この商品・サービスを顧客に提供する方法はこの商品・サービスに照らして適切であり、その方法は常に確保されていますか?
6.この商品・サービスを購入した顧客をフォローする体制が構築されており、それはこの商品・サービスを改善するのに役立ちますか?
7.この商品・サービスは、顧客を幸せにしますか?

これから新しく事業を興そうと考えている方や経営者の方は、これらの質問の答えを書き出してみると、見えてくることがあるかもしれません。

2011年01月11日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス||コメントはまだありません

労働者派遣事業と請負


多くの中小企業やベンチャー企業では、自社で雇用している従業員を、他社に派遣等して、対価を得ることがあります。IT企業や製造業、事務作業の受託、接客業等、多くの業態で見られます。

この場合、留意すべきことは、形式上(契約書上)、「請負」や「業務委託」(準委任)となっていたとしても、実態を踏まえると、労働者派遣事業に該当するのではないかという問題です。いわゆる「偽装請負」の問題と言われるものです。

実態は労働者派遣事業であるのにもかかわらず、請負という名目でなされていると、労働者派遣事業の許可又は届出が必要であり、労働者派遣法に基づく労働者派遣契約の締結等、同法の要請を満たすべきであったのに、許可又は届出がなされておらず、同法を遵守していないことが問題となります。

では、自社としては請負又は業務受託のつもりであるところ、労働者派遣事業と判断されないか否かを判断したいという場合、どうすればよいでしょうか。

以下のチェックポイントに、はい・いいえで答えてください。

・労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理(これらの単なる把握を除く。)を自社で行っている。
・労働者の労働時間を延長する場合又は労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理(これらの場合における労働時間等の単なる把握を除く。)を自社で行っている。
・労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の配置等の決定及び変更を自社で行っている。
・業務の処理に要する資金につき、すべて自社の責任の下に調達し、かつ、支弁している。
・業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負っている。
・次のいずれかに該当するものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでない。
 1. 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。
 2. 自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること。
・労働者派遣法の規定に違反することを免れるため故意に偽装されたものではなく、その事業の真の目的が労働者派遣を業として行うことではない。(「労働者派遣」とは、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものをいう。)

1つでも「いいえ」があると、労働者派遣事業に該当していると判断されてしまう可能性があります。

上記の判断基準は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭和61年4月17日)(労働省告示第37号)を参考にして作成しました(原文では「自ら」となっているところ、読みやすさを優先し「自社で」「自社」に置き換えています。原文は個人事業主も想定しているため「自ら」という表現になっているものと考えます。)。詳しくは、厚生労働省のパンフレット「労働者派遣事業・請負を適正に行うために」(PDFはこちら )や「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分基準の具体化、明確化についての考え方」(PDFはこちら)をご確認ください。

これまで何の問題も無かったとか、同業他社が同じようにやっているということは、正当化の根拠にはなりません。また、ベンチャー企業で、将来、上場(IPO)や売却(Buyout)を考えている会社は、上記の判断基準を踏まえた上でビジネスモデルを構築するようお勧めします。

2011年01月07日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

営業出身の社長が陥りがちな罠

昨日のエントリーは、「技術畑出身の社長が陥りがちな罠」というテーマで書かせていただきました。このエントリーで触れさせていただいた藤沢武夫さんが書かれた『経営に終わりはない』という本は、藤沢武夫さんが、本田宗一郎さんという希代の情熱的なエンジニアを如何に上手く縁の下で支えられておられたか、よくわかる本です。HONDAがどのようにして生まれ、成長したかがよくわかる私の好きな本の1つです。

ところで、本日は、営業出身の社長と話をしたときに、聞いた話をさせていただこうと思います。

営業出身の方は、「営業して、売れば何とかなる」という発想が頭にあるようです。営業出身の方は、独立しても、とにかく自社製品・自社サービスを自分の足と口で売ってお金にするのはできるだろうという自信があるようなのです。実際、営業出身の方がベンチャー企業を起こしてその後ある程度上手くいくことは少なくないように思います。

とはいえ、営業出身の方が実際に独立して、社長となり、つまずくケースもあるかと思います。

まず、最初にあり得るのが、売る商品やサービスがよくない、又はマーケット自体がよくないケースです。顧客に満足を与えることができない商品やサービスは、いくら営業によって販売できたとしても、長期的な事業としては成り立たないでしょう。また、縮小傾向にあるマーケットに参入しても、全体の流れに逆らうことはできず、上手く行かない可能性があります。

さらに、資金繰りで困るパターンも少なくないように思います。営業というのは、会社の資産を使って、いかに(売上及び)利益を増やすかという点に意識が向きがちです。当初は、会社の資産といっても、社長の身1つといった状態ですので、社長が動いて利益を上げればよいですが、事業を拡大するにつれ、固定費が増えたり、必要な運転資金が増えたりすると、資金繰りが重要になってきます。経営は、バランスシートの左側(Asset)を増やすことだけでなく、右側(DebtとEquity)の中身や、左側と右側とのバランスが重要である、又はキャッシュ・フローを常にチェックしておかなければならない、といったビジネス書に出てくるような問題点が生じます。

最後に、ある程度の規模になったとしても、それ以上伸び悩むケースがあるように思います。社長の枠を超えた組織に脱皮できず、その手前にある壁に阻まれているような状態です。この問題についての話は、坂本桂一さんの『年商5億円の「壁」のやぶり方』という本の中でも詳しく取り上げられています。社長が営業から手を引いても、組織が大きくなるかという壁を乗り越えなければなりません。

これらの問題は、それぞれの段階ごとに解決の方法が異なります。例えば、財務面についていえば、優れたCFOがいるといないのとでは、大きく違います(CFOについては、以前の「ベンチャー企業のCFOとは」も参考にしてください。)。社長が資金繰りに時間をとられていると、社長が本来為すべき仕事がおろそかになります。

営業出身の社長が事業を立ち上げた場合、それなりに売れる商品やサービスを扱っているのであれば、事業をある程度の軌道にのせておられるケースは少なくないように感じます。しかし、今回、指摘させていただいたような理由で、伸び悩むケースも少なくありません。また、そもそも「それほど大きくしたいわけではない」「それなりに利益が出ているので、かまわない」ということもあります。それは、社長の価値観や起業の目的、ゴールに依存する問題です。ただ、事業をさらにのばしたい場合には、社長の営業力だけでは上手く行かないことがほとんどでしょうから、商品・サービスの内容、マーケットの選択、資金繰り、ビジネスモデルに合致した資金調達、社長が営業を離れても事業が回るための組織作り等の問題を、どう乗り越えていくのか、考えることが重要だと思います。

2010年12月21日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス||コメントはまだありません

名目的取締役が約した保証債務の履行請求と権利濫用

表題のテーマについて論じられた最高裁平成22年1月29日判決(金融・商事判例1348号21頁)について、金融・商事判例1354号2頁以下において、検討されています。

この事例は、企業グループ内において、企業グループに属する会社への融資を目的とする会社Xが、企業グループの末端にある会社に貸し付けた際に、その会社の代表取締役Y個人が連帯保証した場合に、XがYに対して保証債務の履行を請求することが、権利の濫用に当たるとされた事例です。

代表取締役に対する(会社債務の)保証債務の履行請求が権利濫用に当たり無効とされる事例は、そう多くはないと思われますので、備忘のために、紹介します。

本事例の特徴は、以下の点です。

・請求時において、Yが代表取締役を務めていた会社は、すでに事業を停止している状況にあった。
・企業集団に属する各社が、Yが代表取締役を務めていた会社から顧問料等の名目で収入を得ていた。
・Yは、僅かな期間同社の代表取締役に就任したとはいえ、経営に関する裁量がほとんど与えられない経営体制の下で、経験も浅く若年の単なる従業員に等しい立場にあった。
・Yが代表取締役に就任した当時の同社は資金繰りが行き詰まるおそれがあった。
・本件貸付の条件が利息制限法違反等であった。
・保証契約締結を拒否することが事実上困難な立場にあった。

これらの要素を勘案して、保証債務の履行請求は、権利の濫用に許されないと判断されています。

権利の濫用は、民法第1条第3項に定められた一般法理です。このような一般法理が適用されるためには、個別具体的な状況を丹念に検討して、論じていくしかありません。本件は、企業集団によって、集団の末端企業から利益を搾取していたとさえ評価し得る事例のようであり、その末端企業の名目的取締役に対し、連帯保証契約の履行を迫った場合につき、権利濫用と判断されています。権利濫用を主張する側(本件では、Y側)は、上記のような諸要素を丹念に主張・立証する必要があります。

金融・商事判例1354号2頁以下において指摘されているように、同一の法律関係であっても、訴訟当事者や利益状況等の個別具体的事情が異なる場合にも、同様の結論が得られるかは必ずしも明確ではありません。本判決を実務にフィードバックすると、企業経営者は、名目的取締役に一方的に不合理に大きな責任を負わせることを避けるべきと言えるでしょう。また、名目的取締役の立場に立たされた場合は、納得のできない債務等に同意しないことは勿論ですが、仮にそのような債務等に応じてしまっても、あきらめずに闘うことにより、本判決のように債務から免れることもあり得ますので、あきらめずに闘うことも頭の片隅においていただければ、と考えます。

2010年12月16日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

契約書は作成した方がよいか 〜契約書と信用の関係〜

ビジネス上の取引について、法律事務所に相談に行くと、「契約書を作成しておいた方がよいですよ」と言われることは少なくありません。

ビジネスに携わっている方は、「日本の会社には、契約書を整える文化がないので、いざというときに負けてしまう。」「契約書がもっとしっかりしていれば、このようなトラブルに巻き込まれなかったのに・・・」という言葉は、一度や二度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

今回は、本当の契約書は作成した方がよいかということについて、少しだけ考えてみたいと思います。「少しだけ」としたのは、契約の類型別に検討するとなると、とても1回のエントリーでは収まりきらないため、ほんの少しばかり思い当たることを書き連ねてみます。

契約書を作成するメリットとしては、合意した内容を文言化する(水掛け論の防止)、あとでトラブルになったときに紛争解決の拠り所とする(交渉力の増加)、履行を強制するための訴訟で証拠とする(証拠化)等が主なものでしょう。デメリットについては、弁護士費用等のコストや作成等に要する時間の他、交渉に要する時間や相手方を警戒させてしまうことも挙げられるかもしれません。

契約書のドラフティング・コスト論では、基本的に弁護士費用等のコストや作成等に要する時間がゼロであれば、契約書は作成するのがよいことだという議論を見かけることがありますが、本当にそうなのかは、もう少し商売の現場に遡って考える必要があるかもしれません。

というのも、「契約書を作成しなければ信用できない相手とはそもそも取引をしなくてもよい」という考え方もあり得るからです。契約書を作成したからといって、リスクヘッジにはなっても、そもそもの根本的な信用が上がるとは言えません。わかりやすく言えば、「払わないところは、契約書があっても払わない」「払えなくなるところは、契約書があっても払えない」というケースは少なくないということです。そういう相手方に対しては、いくら「契約書作成のメリット > 契約書作成によって減るリスクとコスト」が成り立つからといって、契約書を締結して取引関係に入ることが良い判断とは言えません。

今でも、日本の中小企業の取引では、契約書ではなく、口頭のみでビジネスを進めることも少なくなく、仮に何らかの書面が取り交わされたとしても、見積書と請求書だけということもかなりあります。この現象は、「日本の会社は、契約書を整えることで、いざというときに備えようとしない」のではなく、「日本の会社は、信用がないところとは取引しない企業文化をもっている」とみれば、それほどおかしなことではないように思います。「一見さん、お断り」には、企業存続の秘訣があるのかもしれません。

とはいえ、全ての会社が信用のある相手ばかりと契約できるわけではありません。見積書と請求書だけでは、トラブルになった場合には、心許ないという経営者の方も多いでしょう。その場合は、発注書や受注書、請書等を工夫することにより、(契約書の調印手続き等に伴う)抵抗感を相手方に与えず、且つスピードのある商売を進めることができるようになることがあります。常に、契約書の作成が最もよい解ではないことは、どこかで意識しておいた方がよいでしょう。

もちろん、契約書を作成しなければならないケースや契約書を作成することが強く勧められるケースがあります。これらについては、いずれ別の機会にしたいと思います。

2010年12月07日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

大企業によるベンチャー企業の買収


今月4日の新聞記事に、三菱重工、英ベンチャーを20億円で買収 大型風車の技術確保 というニュースがありました。

三菱重工業は3日、英国の油圧システム開発ベンチャーのアルテミス(エディンバラ市)を買収したと発表した。買収額は1500万ポンド(約20億円)。  三 菱重工は英国の洋上風車プロジェクトに参入するため、大型風車を開発中。アルテミスの大型風車に適した技術を取り入れ、開発を急ぐ。
(中略)
三菱重工は自前主義が強かったが、最近は経営スピードを速めるため、M&A(企業の合併・買収)にも意欲的な姿勢を見せている。
(引用終わり)(日本経済新聞2010/12/3 22:57配信)

さらに、5日には、韓国の大企業が日本の環境ベンチャーを買収したというニュースが配信されました。

国鉄鋼最大手のポスコは5日、日本の環境ベンチャーのゼネシス(東京・品川)を買収する契約を結んだと発表した。第三者割当増資を引き受け、ポスコと日本法人のポスコジャパンでゼネシス株の51%を保有する。海洋温度差発電や排熱発電の技術を持つ同社買収により、新エネルギー分野を将来の主力事業の一角とする足がかりを得る。
(引用終わり)(日本経済新聞 2010/12/5 19:55配信)

M&Aか、自社開発かという議論は、古くからある議論ではありますが、今でも、引き続き議論されて続けているテーマです。

新しい技術等を得るための方法としてのM&Aと自社開発のそれぞれの主な特徴は、以下の通りです。

M&A:時間がかからないことや既に成果や市場があることがメリットです。デメリットとしては、買収に伴うリスクがあります。特に、買収先のなかで入手したいものが特許権等の知的財産権で保護されていない場合は、買収先の主要な人物が辞めること等により買収した意味が実質的に果たされなくなってしまうことがあります。カルチャーの違いや給与体系の違いも問題化することがあります。

自社開発:すべてを自社でコントロールできるため、M&Aであれば必要な費用(デュー・ディリジェンスの費用等)や軋轢(カルチャー・給与体系の違い等)が発生しません。買収に伴うリスクもありません。知的財産権も自らが取得できます(特許の場合、規定の整備や相当な対価の支払が必要となります。)。一方、開発にお金をかけても成果が出ることが確実ではありません。また、いつ完成するか、成果がでるかわからず、時間がかかります。

大企業に買収されてもよいと考えるベンチャー企業は、できる限り早い段階から、(i) 特許権、商標権等、知的財産権にできるものは早めに知的財産権化する、(ii) 安定的な収入を確保する、(iii) いつ調査されてもよいように(デュー・ディリジェンスを受けてもよいように)、会計書類を整え、契約書や議事録(株主総会・取締役会)、株式の移動等は法的に問題がないようチェックし、整理しておくことが重要となります。

ベンチャー企業・中小企業の経営者の方におかれましては、今は誰かに買収されるということを考えていなかったとしても、上記(i)から(iii)までのポイントは、(一般論としても)重要な点ですので、頭の片隅においていただけると、良いかと思います。

社長が一番エラいという観念


日本では、代表取締役社長が会社で一番エラいという観念が、東証一部の大企業から、中小企業・零細企業・ベンチャー企業までにいたるほとんどの会社で色濃く残っているように思います。社長は、会社の行為について全責任を持つ代わり、社長が一番エラく、他のものは最終的には逆らえないという関係性があるともいえるかもしれません。

会社の代表者が、会社の行為に責任を持つ立場にであることは、法律的に間違いありません。このような「社長がエラい」という観念は、歴史的にどのように発展してきたのかはよくわかりませんが、ひょっとしたら、封建時代(御恩と奉公の時代)が長かったからかもしれませんし、戦国時代・幕藩体制における家父長制・家督制を戦前まで引きずっていたからかもしれません。それに、このような観念は、日本固有のものではなく、ヨーロッパでも少なくないでしょうし、アメリカでさえ全くないということはないと思います。

しかし、一方で、会社の発展、特にスタートアップやアーリーステージにおける発展を考えた場合に、常に社長が一番エラいという考え方ではない発想が有効となることはあり得るように思います。(あえて「エラい」という曖昧な単語を用いているのは、「社長」という言葉に潜む感覚的なものを表したいという趣旨ですので、不正確な議論となってしまうことはお許し下さい。)

一昨日のエントリー「あるベンチャー・キャピタリストからのメッセージ」で紹介させていただいた原丈人さんの『21世紀の国富論』
には、次のようなくだりがあります。

肩書きは、必ずしも上下関係を意味するものではない
 私たちベンチャーキャピタリストは、優れたビジョンや才能をもつ個人に出会うと創業を勧めます。しかし、この人物を新しい会社の社長に据えることは、決して多くありません。多くの場合、彼が担うのは研究開発担当の部長という役職です。一方、管理能力を要求される社長は、なるべく外部からスカウトするようにしています。
 日本の感覚で言えば、創業者が社長にならないなんて、ずいぶんひどい話だと思われるかもしれません。けれども創業者の多くは、そもそも財務やマーケティング、セールスといった仕事をやりたがらないものです。むしろ研究開発に専念し、没頭したいというタイプの方が多い。とりわけバイオテクノロジー分野のように、発明・発見型の企業ではその傾向が強いでしょう。また研究開発に対する適正が高いからといって、社長職が務まるものではありません。社長職というのは、マネジメントに関するプロでなければ決して十分な職務を遂行できないものなのです。
 アメリカでは管理に長けた人物が社長を務め、技術開発に向いた人が研究開発担当部長、もしくは研究開発担当副社長を務める、というのは当たり前のことです。
(中略)
 アメリカでも日本でも、ベンチャービジネスをつくりだすような創業者はクリエイティビティ(創造性)に富んでいても、マネジメント(管理)は不得意であることが多いのは同じです。
 しかし、日本の銀行はそんな彼らに対して「経営者なら在庫管理や財務を勉強しなさい」と指導する傾向が強い。これでは、せっかく際立ったビジョンがあったとしても、生かされないまま不得意なことに時間を浪費することになりかねません。クリエイティビティとマネジメントは、しばしば相反する概念なのですから。

社長よりも部長のほうが高い報酬をもらうこともある
(中略)
 創業期の企業では始終ポジションが変わるものですが、そこに降格といった暗いイメージはありません。
(中略)
 実はアメリカのベンチャー企業で、社長が最高給をとっているというケースはむしろ稀です。特異な才能をもった人間は、企業のマネジメント能力をもつ人間より少なく、求めようとしても求められない希少価値があります。それならば、社長の報酬よりも研究開発担当部長の報酬が高いのは当たり前でしょう。
(引用終わり)


米国グーグル社のCEOであるEric Schmidt氏は、創業者ではありません。米国グーグル社は、ベンチャーキャピタリストからプロの経営者を雇い入れるよう強く求められたため、同氏が外部から招聘され、当初は会長となり、その後CEOに就任し、現在に至っています。創業者の1人であるLarry Page氏は製品部門担当社長に、Sergey Brin氏が技術部門担当社長になりました。

日本でも研究者の方が始めたベンチャー企業は少なくありません。大企業の研究職に在籍していた方が設立したベンチャー企業や、大学発ベンチャー企業等です。そのような会社では、研究者の方や教授の方が社長に就任されることがほとんどです。ただ、既に述べたように、優れた研究者が優れた社長・経営者とは限りません。老婆心と言われればそれまでですが、社長という言葉に惑わされず、社長を1つの役割に過ぎないと考え、ベターチームを作ることを優先することにより、道が開けるベンチャー企業も少なくないのかもしれないと思うことがあります。

ただ、現実に、プロの経営者を適切にアレンジすることは、優れたベンチャーキャピタリストでも容易ではなく、また日本では、そこまでプロの経営者が流動的ではない(そもそも希少?)こともあり、なかなか実現は難しいでしょう。

それでも、個人的には、そのような体制が整えば、成長する可能性がある開発系のベンチャー企業は少なくないように思います。その意味で、「社長が一番エラい」という観念から脱却し、経営者を1つの職人的仕事と捉える文化や、経営者となり得る人材が豊富にいるという環境もベンチャー企業が育つための生態系の一環を成すのかもしれません。

Think different.

一昨日のエントリー「営業は利益を、開発は売上を」には、たくさんの反響をいただきました。特に、はてなブックマークのトップページに掲載されましたので、1日に2万を優に超えるアクセスがありました。ブログを書いている人間としては有難いと思う反面、小心者でもある私には、ドキドキさせられる出来事でした。その多くが肯定的なご意見でしたので、少しでも読者のお役に立てたのかなと嬉しく思っております。

ところで、数多くいただいた反響の中に、他にも大事な要素もあるのではないかといった趣旨のものがあります。これには、全く異論ありません。開発部門が利益や原価を考えないでよいというつもりはありませんし、営業が在庫のことを考えなくてよいと申し上げるつもりもありません。「ある食品系の会社の元経営者」の方も、これまでの時代(の経営)とこれからの時代(の経営)の違いの象徴として、「作れば売れる時代」「営業は売上を、開発は利益(コスト削減)を」から「顧客志向」「営業は利益を、開発は売上を」への転換を指摘されたものと理解しています。「顧客志向」という言葉は、今では聞き慣れた、手垢のついた言葉のように思えますが、おそらく以前(20世紀)には、あまり重視されなかったのでしょう(今では、顧客志向も「顧客が求めるもの」から「顧客が楽しいと思うもの」へというパラダイム転換が起きているように思います。)。

ただ、「営業は利益を、開発は売上を」という言葉は、もしあなたが、営業部隊のトップに就任した場合に、営業員にどのような目標を設定して、どのようなときに表彰するか、という問題についての1つの参考にはなるのではないかと考えています。また、開発部隊への指示はどうあるべきか、を考える際の参考にもなってほしいと思っています。そういえば、「ある食品系の会社の元経営者」の方がおっしゃっていた面白いことの一つに、次のものがあります。

・上司が部下に、(失敗をおそれて、)「君、これは売れるだろうな」と言うことがあるが、これが一番ダメ。商品で勝負する会社は、自由に物を言える環境が必要。経営者は、制約を取り払い、社内が活性化する仕組みを作るのが仕事。

そういえば、アップル社のSteve Jobs氏がiPhoneやMac Book Airの開発を命じるときに、どういう指示をだしたのでしょうか。やはりThink different.が底にあったのでしょうか。少なくとも「君、これは売れるだろうな」と言うことは、なかったと思います。

昔からSteve Jobs氏が優れた経営者であったのかは、よくわかりません。最近発売された「スティーブ・ジョブズの王国」という本を読むと、
特に若い頃は、非常に人間臭く、意地悪でいたずら好きだったようですが、一方で真面目で実直な側面も併せ持つことが少しわかりました。

日本にも、働いている人が、「この組織にいる間に、世界を、社会をよりよく変えてみせるんだ」と思える企業が、増えるといいですね。
(私も精進します。)

2010年12月02日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス||コメントはまだありません

あるベンチャー・キャピタリストからのメッセージ

日本の優れたベンチャー・キャピタリストに、原丈人さんという方がいます。「日本の」と書きましたが、正確な記載ではないかもしれません。国籍が日本であり、母国語は日本語であると推察されますが、主な活躍の場は米国シリコン・バレーですので、米国のベンチャー・キャピタリストと表現しても差し支えはないと思います。残念ながら私は直接お目にかかったことはありません。

この原丈人さんが執筆された本に、『21世紀の国富論』という本があります。私は最近この本を手にしました。この本は、2007年6月に出版された本ですので、最新の情勢が含まれているではありませんが、日進月歩のベンチャーの世界で普遍的に通じる内容に加え、経営全体やコーポレート・ガバナンスについての鋭い洞察が数多く含まれていますので、経営者やこれから起業を目指す方、その他、企業に関わる多くの方に読んでいただきたいです。

筆者は、経営の道具であるはずのROEを目的にすることは、本末転倒であり、たとえ短期的にROEが下がろうとも、研究開発にお金をかけ、内部留保を大切にし、優れた工業製品を作ることが重要であると説いておられます。本書中の印象的なフレーズをいくつか紹介させていただきます。

・アメリカに理想のガバナンスはない / 機能しなかったアメリカ型のコーポレート・ガバナンス

・(当たり前のことですが、)財務は経営の主役ではない / ゲームに踊らされて力を失ったアメリカ

・内部留保は中長期の経営に不可欠

・ベンチャー・キャピタルが果たす大きな役割は、兆円単位の新しい基幹産業を生み出すような技術を見抜き、それを長期間にわたって育てていくこと / シリコンバレーでは、もはや「本物のベンチャーキャピタルは死んだ」 / 小さな成功ばかり志向するベンチャー企業

・金融商品化してしまった企業、産業


本書のすべての項目について、すぐに首を縦にふることができたわけではありませんが、様々な視点からの数多くの指摘は、大変勉強になりました。特に、「企業は誰のもの」という議論に、意味はない(株主だけのものでも、従業員だけのものでもなく、すべてのステークホルダーを含めた仕組み)という点は、かねてより考えていたことと同じであり、心から納得できるものでした。

ところで、本書には、昨今、話題となっている社外取締役の議論についての安易な制度設計論に対する警告も含まれているように考えます。詳しくは本書を参照していただきたいのですが、少し触れさせていただきます。実際に多くの、そして様々なステージの欧米企業の社外取締役を務めた筆者は、社外取締役が過半数というアメリカ型のコーポレート・ガバナンスは、実際には機能しないと主張されています。それは、結局、(このような制度を採用したとしても)原則論とかけ離れ、CEOが推薦した人が社外取締役として選ばれることが多く、馴れ合いが生じることが少なくない上、仮に株主の意向を反映する人が社外取締役に就任したとしても中長期の視野に立った経営より、短期的に株価を上げるような施策を望むことが多いからであると述べています。日本の会社法の制度設計論が、このような現場の声を無視した頭でっかちの議論とならないことを望みます。

ちなみに、この本にiPodは少し出てきますが、2007年1月に発表され同年6月から発売が開始されたiPhoneとその後のアップル社の大躍進については出ていません。クラウドという言葉もありません。個人的には、筆者に、お金目当てで経営をしているとはとても思えない天才的経営者に率いられているアップル社が今のiPhoneやMac Book 等の魅力的なApple製品群を提供している現状について、その評価をお聞きしてみたいです。筆者の造語であるPUC(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)に今のところ一番近いのもiPhoneだと思われますので、こちらの観点からもお聞きしてみたいです。

営業は利益を、開発は売上を

私は、弁護士という職業上、あまりビジネス・コンサルタントっぽい発言は控えてしまう傾向にあります。

ただ、数多くの経営者やコンサルタントの話を耳にさせていただく中で、ある瞬間にいろんなことが結びつき、異なる表現ではあるけれども、同じことを意味しているのではないかと思わさせられることがあります。今回は、その話をさせていただきます。

先日、企業の利益向上のための施策についての議論を耳にしました。話をわかりやすくするために、小売業で考えてください。その議論とは、次の問題に関わるものです。問題とは、「既に市場で売り出されている製品Xについて、さらに利益を上げるためには、どうするか」というものです。もちろん、市場や経済は、様々な要素や人間の気持ちによって左右されますので、画一的な回答があるわけではありません。ただ、一般論として、利益を上げるには、(i)価格を上げる、(ii)販売数量を増やす、(iii)仕入値を下げる、(iv)固定費を下げるの4つしかありませんので、どれを採用するのが一番効率的であるかという問題です。例えば、売上を増やすというのは、(i)と(ii)の優先順位をつけないで、価格×数量を増やそうといっていることとなり、現実的には(i)を放棄してでも(ii)を採ること(=値下げ販売)を意味するケースが多いように思います。

ある方の意見は、多くの場合において、利益を上げるためには、(i)が最も有効という結論でした。もちろん、(i)価格を上げすぎて、販売数量がゼロになってしまえば、売上はゼロですので、限界があることは明らかです。ただ、一般に、値下げして数量を増やすより、値上げした方が数量が減り、仮に売上が減っても、利益が増えることが少なくないという見解であり、このことは、ある程度、理論的に、又は実証的に根拠づけることができるようです。

この議論を耳にした時に、数年前に、この話と良く似た結論を導いた論文を、Think!というビジネス雑誌
で見かけたことを思い出しました。確か、Think! No.23(2007 AUTUMN)という号
だったと思います(うろ覚えですので、違っていたらごめんなさい)。ローランド・ベルガー社のパートナーの平井孝志さんが執筆されている記事です。

さらに、去年の11月にも、ある食品系の会社の元経営者から表題の話を聞いたことも思い出しました。その話とは、次のようなものです。

販売部門、営業部門に、売上目標を立てるのは愚策である。販売部門や営業部門は、利益を出すための部署であり、利益が出せないのであれば、どんなに売上があっても、営業としては駄目である。営業部門の一人一人に利益目標を与えると、安易な値下げが最も良くないことが営業の現場の人間でもわかるようになる。

一方、生産部門、開発部門が、費用削減を目標にするのも愚策である。そのような目標を立てると、イノベーションが起きなくなる。そして、それどころか、食品の場合、混ぜ物をして、原価を下げようとする。なぜなら、材料費をより下げようとする方向に努力が向かうからである。多くの偽装事件が食品業界に生じているのは、食品メーカーの生産部門、開発部門が費用削減を目標にしているからではないか。原価を下げようとすると、混ぜ物、水増し、産地偽装、消費期限切れ商品の再利用が生じる。開発部門は費用を削減して利益確保を目指すのではなく、売れる商品をつくることに専念すべきである。営業部門が「こんな商品売れないよ」と言ったら、開発部門は、素直にそれを認めるべき。「物が売れないのは営業のせい」ではない。これからの時代は、商品が人に与える価値で勝負が決まる。開発が目指すべきは、原価削減による利益確保ではなく、魅力的な商品による売上向上である。

昔のような「作れば売れる」時代は終わった。物の時代から人の時代になったのだから、人を中心に考えなければ駄目だ。その違いは、あたかも、メーカーが作った物(地球)の周りを消費者(太陽)が回っていた天動説の時代から、コペルニクス的転回が起き、消費者(太陽)の周りで物(地球)が回り、生活を育む地動説の時代に移ったようなものである。

前世紀の日本企業は、営業部門に売上目標を、開発部門に利益目標を立てている会社が多かったのではないだろうか。今世紀はそのような目標設定では駄目だ。営業は利益を、開発は売上を目指すべきなのである。


この話は、多くの業界に通じる話ではないでしょうか。私は、この話を聞いた際にいただいたプリントが大変わかりやすかったので、忘れないように置いていました。今回のエントリーは、そのプリントをもとに、聞いたことを思い出しながら、書かせていただきました。

ところで、法律家は、食品偽装事件等が起きるとコンプライアンスという言葉を使って、議論をすることが少なくありません。しかし、おそらく、多くの企業の不正事件は、最初からコンプライアンス意識が低くて起きるのではなく、確信犯的に遵法精神が希薄な人が起こすというわけでもないように思います。誰しもが適法に働いて稼げるならそうしたいと思っているはずです。不正事件は、適法に稼ぐことをあきらめて違法に走って起きるというよりは、企業のリーダーが立てた目標に従っていくうちに、目標達成のために徐々にグレーな方法に手を出し、引いては事件を起こしてしまうということが少なくないように思えてなりません。リーダーが生産部門や開発部門にコスト削減を命じて利益を出すように指示しているうちに、現場で企業理念にも法規範にも反する(けれども短期的にはリーダーの指示する目標達成に近づく)行動が採られるようになることが背景にあり得ることも忘れてはならないと思います。

最後の話は蛇足だったかもしれませんが、お許しください。今日は、企業経営者が考えるべき方向性についての議論を通じてふと思いだしたいくつかの話を記させていただきました。

2010年11月30日 06:30|カテゴリー:その他, ベンチャー・ビジネス||8件のコメント