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ベンチャー法務の部屋

労働者派遣事業と請負


多くの中小企業やベンチャー企業では、自社で雇用している従業員を、他社に派遣等して、対価を得ることがあります。IT企業や製造業、事務作業の受託、接客業等、多くの業態で見られます。

この場合、留意すべきことは、形式上(契約書上)、「請負」や「業務委託」(準委任)となっていたとしても、実態を踏まえると、労働者派遣事業に該当するのではないかという問題です。いわゆる「偽装請負」の問題と言われるものです。

実態は労働者派遣事業であるのにもかかわらず、請負という名目でなされていると、労働者派遣事業の許可又は届出が必要であり、労働者派遣法に基づく労働者派遣契約の締結等、同法の要請を満たすべきであったのに、許可又は届出がなされておらず、同法を遵守していないことが問題となります。

では、自社としては請負又は業務受託のつもりであるところ、労働者派遣事業と判断されないか否かを判断したいという場合、どうすればよいでしょうか。

以下のチェックポイントに、はい・いいえで答えてください。

・労働者に対する業務の遂行方法に関する指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の業務の遂行に関する評価等に係る指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する指示その他の管理(これらの単なる把握を除く。)を自社で行っている。
・労働者の労働時間を延長する場合又は労働者を休日に労働させる場合における指示その他の管理(これらの場合における労働時間等の単なる把握を除く。)を自社で行っている。
・労働者の服務上の規律に関する事項についての指示その他の管理を自社で行っている。
・労働者の配置等の決定及び変更を自社で行っている。
・業務の処理に要する資金につき、すべて自社の責任の下に調達し、かつ、支弁している。
・業務の処理について、民法、商法その他の法律に規定された事業主としてのすべての責任を負っている。
・次のいずれかに該当するものであつて、単に肉体的な労働力を提供するものでない。
 1. 自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く。)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。
 2. 自ら行う企画又は自己の有する専門的な技術若しくは経験に基づいて、業務を処理すること。
・労働者派遣法の規定に違反することを免れるため故意に偽装されたものではなく、その事業の真の目的が労働者派遣を業として行うことではない。(「労働者派遣」とは、自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものをいう。)

1つでも「いいえ」があると、労働者派遣事業に該当していると判断されてしまう可能性があります。

上記の判断基準は、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準を定める告示」(昭和61年4月17日)(労働省告示第37号)を参考にして作成しました(原文では「自ら」となっているところ、読みやすさを優先し「自社で」「自社」に置き換えています。原文は個人事業主も想定しているため「自ら」という表現になっているものと考えます。)。詳しくは、厚生労働省のパンフレット「労働者派遣事業・請負を適正に行うために」(PDFはこちら )や「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分基準の具体化、明確化についての考え方」(PDFはこちら)をご確認ください。

これまで何の問題も無かったとか、同業他社が同じようにやっているということは、正当化の根拠にはなりません。また、ベンチャー企業で、将来、上場(IPO)や売却(Buyout)を考えている会社は、上記の判断基準を踏まえた上でビジネスモデルを構築するようお勧めします。

2011年01月07日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

権利の濫用という法理

昨日のエントリー「名目的取締役が約した保証債務の履行請求と権利濫用」では、権利の濫用について、取り上げました。この「権利の濫用」という言葉は、よく耳にしますが、改めて考えてみたいと思います。

本来、権利を有しているのであるから、その行使は、認められるのが当然です。ある意味、トートロジー(同語反復)でもあります。そうすることが許されるから「権利」というのであり、権利の行使は許されるのが当然というのは、ほとんど言葉を定義しているのに近いと言えます。それなのにもかかわらず、権利の濫用という言葉が存在します。ある意味、私的自治と真っ向から対立する概念のようにさえ読めます。

日本の民法第1条第3項は、「権利の濫用は、これを許さない。」と定めています。この規定の前には、「私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 」(民法第1条第1項)と「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 」(民法第1条第2項)が定められています。従って、第1条第3項がわざわざ権利の濫用の禁止を定めたのは、公共の福祉や信義誠実の原則ではカバーできない領域に対応するためと考えられます。

この権利の濫用の禁止は、権利の行使には、自ずと限界があるという言いかえることもできます。この内容の規範は、古くはローマ法にその起源があるようです。大学時代のローマ法の参考書を引っ張りだすと、以下のようなラテン語の格言があります。なお、訳は、いずれも柴田光蔵先生の本に依拠しております。

Male jure nostro uti non debemus.(私たちは自身の権利を悪く用いてはならない。)
Sic utere tuo ut alienum non laedas.(君が他人のものを害しないようにして、君は君自身のものを利用せよ。)


一文目は、古代ローマの法学者ガーイウスが個人的に作成した講義用の命題であり、二文目は、古代ローマよりもずっと後の時代に生まれてきた格言的命題であるようです。

このような格言がある一方で、次のような格言もあります。

Nullus videtur dolo facere, qui suo jure utitur.(自身の権利を用いるものは、悪意で行動するものと考えられない。)
Qui jure suo utitur, nemini facit injuriam.(自身の権利を用いる者は、誰に対しても不法侵害をなさない。)
Suo jure uti nemo prohibetur.(自身の権利を用いることは誰にも禁じられない。)


一文目は、古代ローマにおいて、ローマ法の原則となっていたもので、最終的には6世紀の法典編纂のさい法文化されたものとのことです。二文目三文目は、上記の二文目と同じく、古代ローマよりもずっと後の時代に生まれてきた格言的命題であるようです。

前者が衡平(equity law)の見地や具体的妥当性を加味する立場であるのに対し、後者は法規範の絶対性を前提とする立場であると分類できるでしょう。柴田光蔵先生の解説によると、1000年もの長いローマの歴史でさえ、変遷があり、本来は、後者のように、(本来は家長だけが保有していた)支配権は、理念的、法的、タテマエ的には絶対のものとされていたものの、共和制末期ぐらいから弁論術(レトリック)が盛んになり、かりにちゃんとした権利を主張するにしても、その行使の態様しだいでは、それが衡平の見地から見て非難されるべきものとなる、という考え方が生まれたとのことです。

弁論家、政治家であり、法律にも精通していたキケロの名言「Summum jus, summa injuria.(最高の正は、最高の不正である。)」には、厳格な法治主義、タテマエ主義への批判も含まれているようにも読めます。キケロはこのような問題意識で、衡平(equity law)の見地や具体的妥当性を加味するための弁論術の世界を生み出していったのかもしれません。

どうやらヨーロッパ史でも、これらの変遷があったようであり、個人主義を強調することにより、私権を絶対視する後者の立場に近づいたようですが、あまりにも権利本位、権利中心に法体系を組み立てると社会に矛盾が生じてくることになり、前者のような濫用をチェックする方向となり、基本原理化していったようです。

一言で、権利の濫用といいましても、その歴史的な背景は長いものです。また、現代の日本でも認められている基本原理でもありますが、ご覧の通り、非常に曖昧な概念でもあり、恣意的な運用をすると、私的自治の原則を害することとなりますので、裁判所は、「権利の濫用」という法理論でもって、権利を制約する場合には非常に慎重に検討します。「権利の濫用」が濫用されることのないように運用されなければならないものでもあります。

昨日のエントリーをご覧になって、いざというときには「権利の濫用」で救ってもらえるかもしれないと考えるのは、危険です。まずは、予防、自衛が原則ですので、(相手に権利を発生させる法律行為に関連して)印鑑を押す場合は、リスクを認識し、わからなければ専門家に相談するよう心がけていただければと考えます。

2010年12月17日 06:30|カテゴリー:その他, 企業法務||コメントはまだありません

名目的取締役が約した保証債務の履行請求と権利濫用

表題のテーマについて論じられた最高裁平成22年1月29日判決(金融・商事判例1348号21頁)について、金融・商事判例1354号2頁以下において、検討されています。

この事例は、企業グループ内において、企業グループに属する会社への融資を目的とする会社Xが、企業グループの末端にある会社に貸し付けた際に、その会社の代表取締役Y個人が連帯保証した場合に、XがYに対して保証債務の履行を請求することが、権利の濫用に当たるとされた事例です。

代表取締役に対する(会社債務の)保証債務の履行請求が権利濫用に当たり無効とされる事例は、そう多くはないと思われますので、備忘のために、紹介します。

本事例の特徴は、以下の点です。

・請求時において、Yが代表取締役を務めていた会社は、すでに事業を停止している状況にあった。
・企業集団に属する各社が、Yが代表取締役を務めていた会社から顧問料等の名目で収入を得ていた。
・Yは、僅かな期間同社の代表取締役に就任したとはいえ、経営に関する裁量がほとんど与えられない経営体制の下で、経験も浅く若年の単なる従業員に等しい立場にあった。
・Yが代表取締役に就任した当時の同社は資金繰りが行き詰まるおそれがあった。
・本件貸付の条件が利息制限法違反等であった。
・保証契約締結を拒否することが事実上困難な立場にあった。

これらの要素を勘案して、保証債務の履行請求は、権利の濫用に許されないと判断されています。

権利の濫用は、民法第1条第3項に定められた一般法理です。このような一般法理が適用されるためには、個別具体的な状況を丹念に検討して、論じていくしかありません。本件は、企業集団によって、集団の末端企業から利益を搾取していたとさえ評価し得る事例のようであり、その末端企業の名目的取締役に対し、連帯保証契約の履行を迫った場合につき、権利濫用と判断されています。権利濫用を主張する側(本件では、Y側)は、上記のような諸要素を丹念に主張・立証する必要があります。

金融・商事判例1354号2頁以下において指摘されているように、同一の法律関係であっても、訴訟当事者や利益状況等の個別具体的事情が異なる場合にも、同様の結論が得られるかは必ずしも明確ではありません。本判決を実務にフィードバックすると、企業経営者は、名目的取締役に一方的に不合理に大きな責任を負わせることを避けるべきと言えるでしょう。また、名目的取締役の立場に立たされた場合は、納得のできない債務等に同意しないことは勿論ですが、仮にそのような債務等に応じてしまっても、あきらめずに闘うことにより、本判決のように債務から免れることもあり得ますので、あきらめずに闘うことも頭の片隅においていただければ、と考えます。

2010年12月16日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

契約書は作成した方がよいか 〜契約書と信用の関係〜

ビジネス上の取引について、法律事務所に相談に行くと、「契約書を作成しておいた方がよいですよ」と言われることは少なくありません。

ビジネスに携わっている方は、「日本の会社には、契約書を整える文化がないので、いざというときに負けてしまう。」「契約書がもっとしっかりしていれば、このようなトラブルに巻き込まれなかったのに・・・」という言葉は、一度や二度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

今回は、本当の契約書は作成した方がよいかということについて、少しだけ考えてみたいと思います。「少しだけ」としたのは、契約の類型別に検討するとなると、とても1回のエントリーでは収まりきらないため、ほんの少しばかり思い当たることを書き連ねてみます。

契約書を作成するメリットとしては、合意した内容を文言化する(水掛け論の防止)、あとでトラブルになったときに紛争解決の拠り所とする(交渉力の増加)、履行を強制するための訴訟で証拠とする(証拠化)等が主なものでしょう。デメリットについては、弁護士費用等のコストや作成等に要する時間の他、交渉に要する時間や相手方を警戒させてしまうことも挙げられるかもしれません。

契約書のドラフティング・コスト論では、基本的に弁護士費用等のコストや作成等に要する時間がゼロであれば、契約書は作成するのがよいことだという議論を見かけることがありますが、本当にそうなのかは、もう少し商売の現場に遡って考える必要があるかもしれません。

というのも、「契約書を作成しなければ信用できない相手とはそもそも取引をしなくてもよい」という考え方もあり得るからです。契約書を作成したからといって、リスクヘッジにはなっても、そもそもの根本的な信用が上がるとは言えません。わかりやすく言えば、「払わないところは、契約書があっても払わない」「払えなくなるところは、契約書があっても払えない」というケースは少なくないということです。そういう相手方に対しては、いくら「契約書作成のメリット > 契約書作成によって減るリスクとコスト」が成り立つからといって、契約書を締結して取引関係に入ることが良い判断とは言えません。

今でも、日本の中小企業の取引では、契約書ではなく、口頭のみでビジネスを進めることも少なくなく、仮に何らかの書面が取り交わされたとしても、見積書と請求書だけということもかなりあります。この現象は、「日本の会社は、契約書を整えることで、いざというときに備えようとしない」のではなく、「日本の会社は、信用がないところとは取引しない企業文化をもっている」とみれば、それほどおかしなことではないように思います。「一見さん、お断り」には、企業存続の秘訣があるのかもしれません。

とはいえ、全ての会社が信用のある相手ばかりと契約できるわけではありません。見積書と請求書だけでは、トラブルになった場合には、心許ないという経営者の方も多いでしょう。その場合は、発注書や受注書、請書等を工夫することにより、(契約書の調印手続き等に伴う)抵抗感を相手方に与えず、且つスピードのある商売を進めることができるようになることがあります。常に、契約書の作成が最もよい解ではないことは、どこかで意識しておいた方がよいでしょう。

もちろん、契約書を作成しなければならないケースや契約書を作成することが強く勧められるケースがあります。これらについては、いずれ別の機会にしたいと思います。

2010年12月07日 06:30|カテゴリー:ベンチャー・ビジネス, 企業法務||コメントはまだありません

大企業によるベンチャー企業の買収


今月4日の新聞記事に、三菱重工、英ベンチャーを20億円で買収 大型風車の技術確保 というニュースがありました。

三菱重工業は3日、英国の油圧システム開発ベンチャーのアルテミス(エディンバラ市)を買収したと発表した。買収額は1500万ポンド(約20億円)。  三 菱重工は英国の洋上風車プロジェクトに参入するため、大型風車を開発中。アルテミスの大型風車に適した技術を取り入れ、開発を急ぐ。
(中略)
三菱重工は自前主義が強かったが、最近は経営スピードを速めるため、M&A(企業の合併・買収)にも意欲的な姿勢を見せている。
(引用終わり)(日本経済新聞2010/12/3 22:57配信)

さらに、5日には、韓国の大企業が日本の環境ベンチャーを買収したというニュースが配信されました。

国鉄鋼最大手のポスコは5日、日本の環境ベンチャーのゼネシス(東京・品川)を買収する契約を結んだと発表した。第三者割当増資を引き受け、ポスコと日本法人のポスコジャパンでゼネシス株の51%を保有する。海洋温度差発電や排熱発電の技術を持つ同社買収により、新エネルギー分野を将来の主力事業の一角とする足がかりを得る。
(引用終わり)(日本経済新聞 2010/12/5 19:55配信)

M&Aか、自社開発かという議論は、古くからある議論ではありますが、今でも、引き続き議論されて続けているテーマです。

新しい技術等を得るための方法としてのM&Aと自社開発のそれぞれの主な特徴は、以下の通りです。

M&A:時間がかからないことや既に成果や市場があることがメリットです。デメリットとしては、買収に伴うリスクがあります。特に、買収先のなかで入手したいものが特許権等の知的財産権で保護されていない場合は、買収先の主要な人物が辞めること等により買収した意味が実質的に果たされなくなってしまうことがあります。カルチャーの違いや給与体系の違いも問題化することがあります。

自社開発:すべてを自社でコントロールできるため、M&Aであれば必要な費用(デュー・ディリジェンスの費用等)や軋轢(カルチャー・給与体系の違い等)が発生しません。買収に伴うリスクもありません。知的財産権も自らが取得できます(特許の場合、規定の整備や相当な対価の支払が必要となります。)。一方、開発にお金をかけても成果が出ることが確実ではありません。また、いつ完成するか、成果がでるかわからず、時間がかかります。

大企業に買収されてもよいと考えるベンチャー企業は、できる限り早い段階から、(i) 特許権、商標権等、知的財産権にできるものは早めに知的財産権化する、(ii) 安定的な収入を確保する、(iii) いつ調査されてもよいように(デュー・ディリジェンスを受けてもよいように)、会計書類を整え、契約書や議事録(株主総会・取締役会)、株式の移動等は法的に問題がないようチェックし、整理しておくことが重要となります。

ベンチャー企業・中小企業の経営者の方におかれましては、今は誰かに買収されるということを考えていなかったとしても、上記(i)から(iii)までのポイントは、(一般論としても)重要な点ですので、頭の片隅においていただけると、良いかと思います。

表明保証違反を理由とする株式譲渡契約の解除につき解除原因がないとした裁判例

 
判例時報平成22年11月21日号No.2089に、表題の内容の裁判例(東京地裁平成22年3月8日判決)がありました。

会計評価と、表明保証違反の関係が問題となった事例です。

株価算定の前提となる将来業績予測や会計評価において、相手方(提出側。本件では被告、売主。)が自分に有利な数字を使ったとしても、それは株価の評価の妥当性の問題であり、株価算定書が虚偽であるとはいえない(→被告の表明保証の対象とはならない)と判示されています。

本エントリーでは、本判決が妥当であるか否かの判断はさておき、本判決から得られる企業関係者への教訓を考えてみます。(ここで判断を差し控えるのは、評価が合理的な範囲を超える程度に不相当でおよそ妥当とはいえないレベルであれば、虚偽といえるレベルに達することはあり得ると考えますが、本件の会計評価と実態とを比較することができないことが主な理由の1つです。)

本件から言える一般的な教訓としては、「買収等のM&A案件では、契約締結前に、専門家を使ったデュー・ディリジェンスを怠らないこと」が導けると考えます。本件は、10億円規模のディールのようですが、契約締結前に弁護士や会計士等の専門家を使ったデュー・ディリジェンスが行われていなかったようです。買収案件では、その規模の大小にかかわらず、デュー・ディリジェンスを行い、(i)買収すべきか否か、(ii)株価の妥当性を判断した上で、(iii)デュー・ディリジェンスの結果を踏まえた契約条項の練り上げが必須となります。記憶の曖昧な話で恐縮ですが、いつかの新聞記事に、投資案件や取引案件では、そのディールの3%程度を目安として、リーガル費用やデュー・ディリジェンス費用に使うこととしている大手商社の記事を読んだことがありますが、一つの考え方であろうと思います。

また、私の個人的な関心は、株式譲渡契約書の書き方次第で結論が変わり得たか、原告は他に争い方はなかったのか、といったところにもありますが、やはり本件では、デュー・ディリジェンスをしなかったことが致命的であったように思います。一般的に、契約書の文言や争い方でリカバリーできる範囲は、事前に予防できる範囲より小さいものです。本件は、予防法務の重要性を改めて伝えてくれる裁判例です。

ベンチャー企業におけるベンチャー・キャピタルから派遣される社外取締役の役割


ベンチャー企業の社外取締役として、ベンチャー・キャピタルから派遣される取締役がいます。今回は、このベンチャー・キャピタルから派遣される取締役の役割について、考えたいと思います。

そもそも、なぜベンチャー・キャピタルは、投資契約書に取締役派遣条項を入れようとするるのでしょうか。それは、主に以下の2つの役割が考えられます。

1 適切な経営が行われているか、チェックする
2 株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない

1の「適切な経営が行われているか、チェックする」というのは、決して現実に経営全般を監視することを意味するわけではありません。理想としては、経営全般の監視ができれば良いでしょうけれども、1人の社外取締役が為し得る現実としては、(i)月次決算や事件・事故の報告を受けて、売上や費用の変動及びその原因を知ること(過去業績情報の収集及び分析)、(ii)各プロジェクトの進捗状況、製品やサービスの内容やリリースの見込みを知ること(将来業績予測に関わる社内情報の収集及び分析)、(iii)既存及び新規の取引先との取引・交渉の状況、新規事業・製品・サービスの内容や見込、顧客・潜在顧客動向、ライバル社・競合製品・新規参入の動き等の分析・検討(将来業績予測に関わる社外情報の収集及び分析)にかかわることにより、会社が健全に発展する様に指導し、代表取締役の決断を支援するということになるでしょう。通常は、変なお金の動きがないか、投資した資金が有効に使用されているか(投資した資金の想定外の使用も問題であるが、資金を使用しないことも問題。使用しない問題については、こちらを参照「ベンチャー企業のお金の使い方」)といった点に焦点をあててチェックすることが多いと思います。勿論、ベンチャー・キャピタルから派遣された社外取締役とはいえ、オフィス内に机があり、週に2~3日以上のペースで業務に携わっている方もおられますので、一概に言えるものではなく、より広範囲に監視等されているケースもあるかと思います。

社外取締役がチェックすることの動機・背景事情には、ベンチャー・キャピタル・ファンドへの出資者(投資家=LP:有限責任組合員)への説明義務があります(株主として会社が健全に成長することへ期待しているのは勿論です。)。ベンチャー・キャピタルとしては、投資先企業から話を聞いて、ファンドの出資者に報告できるようにする必要があります。(なお、実務上、VCのLPへの説明責任と、取締役としての善管注意義務・守秘義務の抵触といった問題が生じることがあり、悩ましい局面が生じることがあります。投資契約書等で予め解決しておくのがよいでしょう。)従って、ベンチャー・キャピタル側としては、ファンドの出資者にきちんと説明を尽くせる程度に、投資資金の使い道や投資先の状況を把握しておく必要があるのです。

投資先企業の業界については、ベンチャー・キャピタルの担当者もある程度詳しいことが多いですが、普通は投資先企業の社長の方が詳しいものです。ですから、ベンチャー・キャピタルから派遣された社外取締役は、新規のプロジェクトやリリース、製品概要について、余計な口出しをして、イノベーションを抑制するようにならないように心がけていることも多いでしょう。

2の「株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない」とは、何でしょうか。それは株主や当該社外取締役がもっているネットワークや情報、知識、アイディア等によって、事業の効率を高めたり、新規の取引につなげたりすることです。

独立系のベンチャー・キャピタルでは、投資先に取締役を派遣することは少なくなく、多くの派遣取締役がMBAホルダーや事業経営の経験が豊かな方です。この方々は、1のチェック機能が果たせるのは勿論のこと、取締役個人の力量で、マーケティング戦略を立案したり、コストを削減をしたりすることが可能ですので、投資先の企業価値の向上に貢献することが可能です。

また、ベンチャー企業が、商社系のベンチャー・キャピタルからの投資に対し、その親会社となっている商社のネットワークを利用したいという期待を抱くことも少なくありません。実際、商社系のベンチャー・キャピタルが、そのネットワークから投資先のビジネスに有用と思われる人を投資先に紹介することは稀ではありません。

ところで、法制審議会会社法制部会第4回会議(平成22年8月25日開催) の参照資料・部会資料2・「企業統治の在り方に関する検討事項(1)」 【PDF】 には、次のようなくだりがあります。

社外取締役の役割等については,「平時における経営者の説明責任の確保,有事における社外の視点を入れた判断の担保や経営者の暴走等の防止・安全弁といった役割」や,「取締役の業務執行に対する監督に加え,当該社外又は独立取締役の持つ識見等に基づき,外部的視点から,いかに企業価値を高めていくかといった助言機能」等が挙げられている。これらも踏まえると,社外取締役に期待される主な機能については,以下のような整理をすることができるのではないかと考えられる。
① 経営効率の向上のための助言を行う機能(助言機能)
② 経営者の評価・選解任その他の取締役会における重要事項の決定に関して議決権を行使することなどにより,経営全般を監督する機能(経営全般の監督機能)
③ 会社と経営者との取引の承認など会社と経営者等との間の利益相反を監督する機能(利益相反の監督機能)
(引用終わり)


これにあてはめると、私の分析の1「適切な経営が行われているか、チェックする」は強いて言えば②と③に、2「株主として、企業価値が上がることに貢献できる可能性を見逃さない」は①に該当します。とはいえ、②の「重要事項の決定に関して議決権を行使することなどにより」という部分は、ベンチャー企業の社外取締役について言うのであれば、「月次決算や事件・事故等の会社の過去業績に関わる報告を受け、さらに社内及び社外における会社の将来業績に影響を与える情報を収集及び分析する等すること、その他取締役会の様々な意思決定に関与することなどにより」となるのではないかと考えられます。

なぜなら、実務的には、報告事項や事業展開の決定事項に接することへのウェイトが、会社法的な重要事項の決定に対するものと比べると、同じかそれ以上に大きいと思われるからです。例えば、ベンチャー企業では取締役会と株主総会が対立することがないわけではありませんが、代表取締役は、株主の意向で決まることがほとんどで、取締役会の選任・解任が実質的な意味を持つケースはそれほど多くありません。その意味では、代表取締役の選任・解任議案といった重要事項の決定への議決に関わるためというよりか、月次の業績報告を聞くことの方が重要性があります(「企業統治の在り方に関する検討事項(1)」の「平時における経営者の説明責任の確保,有事における社外の視点を入れた判断の担保や経営者の暴走等の防止・安全弁といった役割」というのは意思決定への議決権行使以外の重要性を述べているものだと理解しますが、同資料の分類では少しわかりにくくなってしまっています。)。

この議論がそのまま上場企業、一部上場の巨大企業に当てはまるとは申しませんし、全てのベンチャー企業に当てはまるわけではないと思いますが、近時盛んな社外取締役(強制)導入論についての議論の参考になれば幸いです。特に、この議論を踏まえると、一般論として、社外取締役の条件としては、(1)会計資料等から業績や状況を分析できること、(2)会社のビジネスや業界に詳しいこと、(3) 企業価値の向上が期待できる知識や知恵、ネットワークを持っていること、を挙げることができると考えますが、現実に上場企業がそのような人材を調達するのは現実的か(若しくは、このような条件のいくつかは満たさなくてもよいか)という観点から検討することも必要なのではないかと考えています。

ニーチェの『ツァラトゥストラ』と勉学(試験勉強)の過程

今回は、およそ学習一般について、私が少し考えていることを記させていただこうと思います(特に司法試験受験生を想定したコメントもあります。)。少し抽象的な話となりますので、ご容赦下さい。また、ベンチャー法務とは直接関係ありませんので、この点もご了解いただければ幸いです。

ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)の著作に、『ツァラトゥストラ』(ALSO SPRACH ZARATHUSTRA)という本があります。『ツァラトゥストラはこう言った』『ツァラトゥストラはかく語りき』『ツァラトゥストラはこう語った』等という題で訳されていることもあります。この本からインスピレーションを得て創作されたと言われる、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」(序奏が映画『2001年宇宙の旅』の冒頭の曲に使用されている。)の方が有名かもしれません。

この本は、後期ニーチェの代表的な著作です。「神は死んだ」や「超人」といったニーチェを代表する概念も現れます。私がニーチェについて語るのは力不足である上、本業でもなく、また「読んで理解した」どころか「読んだ」とも言える領域に達していませんので、ここで、ニーチェ哲学の内容に深入りするのは、止めておきます。(私がニーチェに傾倒しているわけでもありません。念のため。)

この本の中に、次のような一節があります。

ツァラトゥストラの言説
三様の変化

(同志への教説がはじまる。重荷に堪える義務精神から自律へ、さらには無垢な一切肯定の中での創造へ。これが超人誕生の経路である。)

わたしは君たちに精神の三様について語ろう。すなわち、どのようにして精神が駱駝(らくだ)となり、駱駝が獅子(しし)となり、獅子が小児となるかについて述べよう。
畏敬を宿している、強力で、重荷に堪える精神は、数多くの重いものに遭遇する。そしてこの強靭な精神は、重いもの、最も重いものを要求する。
(中略)
すべてこれらの最も重いことを、重荷に堪える精神は、重荷を負って砂漠へ急ぐ駱駝のように、おのれの身に担う。そうしてかれはかれの砂漠へ急ぐ。
しかし、孤独の極みの砂漠のなかで、第二の変化が起こる。そのとき精神は獅子となる。精神は自由をわがものとしようとし、自分自身が選んだ砂漠の主になろうとする。
(中略)
わたしの兄弟たちよ。何のために精神の獅子が必要になるのか。なぜ重荷を担う、諦念と畏敬の念にみちた駱駝では不十分なのか。
新しい価値を創造すること―それはまだ獅子にもできない。しかし新しい創造を目ざして自由をわがものにすること―これは獅子の力でなければできないのだ。
自由をわがものとし、義務に対してさえ聖なる「否」ということ、わたしの兄弟たちよ、そのためには、獅子が必要なのだ。
新しい諸価値を立てる権利をみずからのために獲得すること―これは重荷に堪える敬虔な精神にとっては、身の毛もよだつ行為である。まことに、それはかれにとっては強奪であり、強奪を常とする猛獣の行うことである。
(中略)
しかし思え、わたしの兄弟たちよ。獅子さえ行うことができなかったのに、小児の身で行なうことができるものがある。それは何であろう。なぜ強奪する獅子が、さらに小児にならなければならないのだろう。
小児は無垢である、忘却である。新しい開始、遊戯、おのれの力で回る車輪、始原の運動、「然り」という聖なる発語である。
(中公文庫版『ツァラトゥストラ』(ニーチェ著、手塚富雄訳)36頁以下より引用)

詳しくは原文を参照してください。非常に読みにくい文体ですが、上記の内容を極めてざっくりとまとめると次のようになります。

駱駝:重荷に堪える

獅子:自由な状態を獲得し自律する

小児(赤子):新しい価値を創造する

ニーチェの本旨についての議論はさておき、このプロセスは、いろいろな場面に応用できるように思います。

まず、重荷に堪える段階(駱駝の段階)では、コツコツ努力すること、既存の概念や価値観を学習するところからスタートします。法律の勉強であれば、条文、判例、基本書を通じて、基礎的な概念、既存の考え方を習得することが重要です。このときに、自分独自の説や考え方を提唱することは適切ではありません。司法試験について言えば、司法試験のうち択一試験が問うているレベルです。この頃に、基礎学習をおろそかにし、自分の独自の考えに固執することは避けた方がよいです。虚心坦懐に先人の考え方を学ぶことに力点を置いて下さい。

その段階が終わると、漸く自分の言葉で議論できるようになります。獅子の段階です。基礎的な概念、既存の考え方を十分に習得し、理解できていると、自然と自分の言葉で、自由に議論できるようになります。司法試験であっても、このレベルに達していれば、論文試験でもだいたい合格できると思います。論点ごとの暗記に頼ることなく、体得した知識と論理体系によって、様々な問題に対処できるようになっているはずです。対処できない問題があれば、その問題を解決するために必要な素養において重荷に堪えていないということですから、その分野では、まだ「私は駱駝の段階である」と考えて、地道な勉強を継続しましょう。

最後は、小児(赤子)の時代です。この段階に完全に到達することは、超人レベルになることを意味します。長年、様々な議論をする先に見える自然体の状態であろうと思いますが、容易に到達できるものではありません。試験勉強で、このレベルを目指す必要はありません。

日本にも伝統的に、「守・破・離」という概念があります。能を確立した世阿弥の教えに端を発し、川上不白という18世紀の日本の茶人により言葉にされたようです。この「守・破・離」という概念も、このニーチェの「駱駝・獅子・小児」の話に近いかもしれません。空手等の武道やお茶・お華等の芸道でも、同じように考えることもできるように思います。

司法試験等の資格試験の受験生は勿論のこと、経営者、芸能人、職人、専門職等、いろいろな領域で参考になるのではないかと思っております。時には、自分の現状を遠くから観察して、どの段階にいるのかを見据えながら、今、為すべきことを見直すことも、よいのではないでしょうか。

2010年11月25日 06:30|カテゴリー:その他, 企業法務||1件のコメント

経営判断原則に関する最高裁判決について

最新の旬刊商事法務と金融・商事判例で、経営判断原則に関連するある判例(平成22年7月15日最高裁判決―アパマンショップHD株主代表訴訟上告審判決―)が取り上げられていました。この判例は、ブログ『ビジネス法務の部屋』でも取り上げられていますので、私も便乗して、取り上げようと思います。旬刊商事法務は、1913号4頁「アパマンショップ株主代表訴訟最高裁判決の意義」(中央大学法科大学院教授 落合誠一)、金融・商事判例は、1353号26頁です。

いずれの記事でも、この判決は、従来からの経営判断に関する取締役の善管注意義務違反の有無についての判断枠組みと同じ流れに沿うものであるとしています。その内容は、次のものです。まず、概ね、「判断の過程・内容が取締役として著しく不合理なものであったか否か」という判断基準を採用します。そして、その判断をする前提として裁判所が審査する対象をまとめると、およそ以下のものとなります。

(1) 判断の前提となった事実の調査、情報収集、分析・検討に特に不注意・不合理な点があるか
(2) (当該業界の通常の経営者の経営上の判断として)事実認識に基づく意思決定の推論過程および内容の著しい不合理さがあるか

(2)の括弧の部分は、落合先生の論文に見られる特徴かもしれませんので、括弧書きとさせていただきました。さらに、商事法務の落合先生の論文では、審査対象を上記の(1)及び(2)並びに上記の判断基準とすることの前提として、

(0) 裁判所が経営者の経営判断に積極的に吟味・介入することを肯定すべき例外的事情がある場合は別段、そうでない限り、

という限定が付されているように思います。

経営者にとっては、ややリスキーと思われる判断をする場合は、まず、判断の前提として、十分な情報収集を行い、客観的に分析・検討を加えたうえで、次に、経営会議や弁護士等の専門家への意見聴取といった手続き的な適正さを図ることが重要でしょう。

なお、この論点についての今のところの私見は、次のようなものです。

概ね、上記の判断枠組みは裁判所のあるべき姿であり、その当てはめも原則として、謙抑的であるべきです。その意味で、今回の最高裁判決は妥当であるように思われます。そして、(0)のような前提条件を設けることも必要であり、(i)会社法その他の法令に違反する場合、(ii)違法な行為に関与したり黙認しているような場合、(iii)会社法第423条第2項や第3項の推定規定が適用されるような競業行為や利益相反取引、(iv)第三者の身体・生命・財産等の権利に対する侵害が生じることが予想可能であったり、現に発生している場合は、この枠組みではなく、裁判所がより積極的に結果回避義務違反を認定してもよいものと考えます(他にもあるかもしれません。)。

ただ、落合先生の論文にある「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という部分(上記(2)の括弧の部分。商事法務No.1913 7頁2段目)は、(医療過誤訴訟における医師の過失で採用されそうな規範ではありますが)経営判断原則には少し馴染まないではないかと感じております。というのも、ビジネスの世界では、同じ業界であっても、ポジションによって、なすべきことが異なるものだからです。一般論として、同じ業界には、シェアに応じて、リーダー(業界1位)、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワー、と分類することが可能であり、リーダーであれば、他の企業と同じことをすることは戦略としてあり得ますが、チャレンジャーやニッチャーは、リーダー企業がしないこと、できないこと、参入しないであろう領域に参入することが求められますので、当該業界の通常の経営者が「しない」であろう経営上の判断が時に求められます。

すると、「当該業界の通常の経営者の経営上の判断として」という判断枠組みは、少し経営判断原則の場合は、使いずらいのではないかというのが私見です。

また、山口先生の本判決に関するエントリーのタイトルは、少々過激に「最高裁は「社外取締役制度」をどう考えているのか?(その2)」とされておられますが、本文では、「アパマンショップHD最高裁判決へのご見解と、この社外取締役導入論が論理的につながるものではないことは承知しております」とあるとおりで、流石に、この判決と社外取締役制度は、直接には結びつかないと考えます。重要なのは、経営判断の過程で、判断の前提となる情報や手続きにおいて、客観性を確保できているかという点であり、その客観性確保の方法論は、社外取締役の導入「だけ」ではないからです。

企業法務弁護士としては、ある経営判断が善管注意義務違反であるか否かの意見を述べるのは、非常に難しい側面があります。ただ、本件でもそうであったように、一定の前提のもと、経営者の判断が経営の裁量の範囲から大きく逸脱していないかという点であれば、意見を述べることはあり得ますので、重要な経営判断、特に株主価値を大きく毀損する可能性のある判断をする場合は、弁護士から意見書を取得しておいた方がよいと考えます。

ベンチャー企業と独占禁止法

昨日(11月10日)の日本経済新聞夕刊に、欧州委員会が、EU競争法(独占禁止法)違反で、日本航空を含む航空貨物12社が価格カルテルを結んでいたとして、ドイツのルフトハンザ航空を除く11社に約900億円!(日本航空は約40億円)の制裁金を課された旨の記事が掲載されていました。制裁の対象は、1キログラムあたりの燃油特別付加運賃を一律に設定するカルテルとのことです。

独占禁止法違反のペナルティーの大きさに改めて驚かされる記事です。また、日本でも導入されているリニエンシー(課徴金減免制度)によりルフトハンザ社1社が制裁金を免除されている点(日本では3~5社となる可能性がある。)も興味をひくところです。

ところで、独占禁止法は、カルテルや談合、市場占有率が高くなる合併等を取り扱っているため、大企業にしか関係なさそうな法律に思えます。しかし、中小企業やベンチャー企業であっても、独占禁止法が関連するケースがあります。

もちろん、市場でそれなりのシェアを占めている会社同士の企業結合であれば、中小企業であっても独占禁止法の対象となりますし、ほかのカルテルや談合も適用される可能性はあります。

ただ、ここでお伝えしたいのは、現実に中小企業やベンチャー企業が気にすべき場合が多いと予想される「不公正な取引方法」です。

不公正な取引方法とは、独占禁止法第19条で禁止されている行為です。

独占禁止法

第19条
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

第20条第1項
前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。


不公正な取引方法については、公正取引委員会が告示によってその内容を指定していますが、この指定には、すべての業種に適用される「一般指定」と、特定の事業者・業界を対象とする「特殊指定」があります。一般指定で挙げられた不公正な取引方法には、取引拒絶、排他条件付取引、拘束条件付取引、再販売価格維持行為、優越的地位の濫用、欺瞞的顧客誘引、不当廉売などがあります。

たとえば、「役務の委託取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の指針」では、「役務の委託取引においても、委託者と受託者がどのような条件で取引するかは、基本的にはそれぞれの自主的な判断にゆだねられるものであるが、委託者が受託者に対し取引上優越した地位にある場合において、その地位を利用して、受託者に対し、代金の支払遅延、代金の減額要請、著しく低い対価での取引の要請、やり直しの要請、協賛金等の負担の要請、商品等の購入要請又は役務の成果物に係る権利等の一方的な取扱いを行う場合には、優越的地位の濫用として問題を生じやすい。」としており、ソフトウェア開発のベンチャー企業が受託者側の場合は、不合理な契約内容を締結させられている場合に独占禁止法を交渉等で利用できる可能性がありますし、逆に、委託者側でこういった内容の契約を締結していれば、不公正な取引方法として、排除措置命令等の対象になる可能性があります。

また、「メーカーが流通業者に対して、自社商品のみの取扱いを義務付けること」「メーカーが流通業者に対して、競争者の商品の取扱いを制限すること」といったことも制約を受けます(「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」)。

バイオベンチャー企業等の研究開発系のベンチャー企業や大学発ベンチャーでよく見られる共同研究開発に関する契約等についても、「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」というものがありますので、自社の交渉力が低いと思われるケースや理不尽な内容の契約内容と思われる場合は、独占禁止法が利用できないか検討してみる余地はあるかもしれません。

具体的な事例については、こちらの公正取引委員会のページをご参照ください。

中小企業・ベンチャー企業であっても、取引拒絶,排他条件付取引,拘束条件付取引,再販売価格維持行為,優越的地位の濫用といったあたりは、する側の立場もされる側の立場も、どちらもあり得ますので、契約の条文の中に該当するものがあるかもしれない場合や、被害にあっているかもしれないといった場合には、一度、弁護士に相談してみてください。