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ベンチャー法務の部屋

営業黒字化と社長の心理

昨日、NHK教育の「仕事学のすすめ」という番組で、DeNAの南場智子社長が特集されていました。

番組の中で、南場社長が、マッキンゼーのコンサルタントとして非常に優秀であり、その後、インターネット・オークションサイトを立ち上げるも、上手くいかず、事業ドメインをいくつも変遷させ、現在のモバゲーに至るまでの過程が紹介されていました。

この中で、「営業黒字化を記念して、犬を飼うことにしたんです」という話がとても印象的でした。いまも、南場社長のブログによくでてくる「さくら」ちゃん(?)のことですね。

私自身、前の事務所から今の事務所にきて、ゼロから全てを立ち上げていく途中であり、その過程も感じていることですが、営業赤字の間の社長の心理状態は、新事業立ち上げのときの一つの大きなハードルなのではないかと思います。

粗利益でもなく、経常利益でもなく、「営業利益」がプラスにならないと、営業CF > 投資CFという状態にならないと、経営者は、とにかく心が落ち着かないと思います。なぜなら、営業赤字は、本業で利益が出せていない証だからです。自分の考えたビジネスモデルでお金が稼げていない状態とも言い換えられるかもしれません。一旦、営業黒字を安定的に実現した後は、仮に営業赤字になっても、なぜ営業赤字になったのかという分析ができます。環境等に原因があるかもしれません。しかし、立ち上げからずっと営業赤字の場合は、最初に考えたビジネスモデルが悪かったのではないか・・・、このまま永遠に黒字になることはないのではないか、という不安に付き纏われ続けます。

最初は投資が必要で、売上・利益は後から付いてくると頭で理解していても、減っていく銀行通帳の残高を目の前にして平常心を保てるか、起業したときの理念や計画を維持できるか、駄目だとわかった事業から撤退できるか、目先の利益を得るために大事なものを失っていないか等の冷静な判断をし続けられるかが起業家として必要な能力なのだと思います。また、自己資金だけだと、駄目でも自分が責任取ればいいやということになりますが、他人からお金を入れてもらっているとその黒字化へのプレッシャーは尚更大きいものでしょう。

南場社長のような勇気と優秀さを兼ね備えている思われる方であっても、営業赤字である間は、心が休まらず、自分のためにお金をつかうことができなかったのだな、と感じました。

株式会社アントレプレナーファクトリーの嶋内秀之社長と、営業創造株式会社の伊藤一彦社長が共著で書かれている 『ベンチャーキャピタルからの資金調達―MBAキャピタリストとベンチャー社長による
』 という本の中に、以下のようなコラムがあります。伊藤社長の創業時の話です。

コラム 創業時の苦労
創業から大手企業と取引するために、株式会社で始める必要がありました。当時は1千万円なければ株式会社を設立することはできませんでしたが、私の手元には数百万円しかありませんでした。
まず、最初の1千万円は家族と信頼できる友人から借りて起業しました。
(中略)
すると、わずか3ヶ月で1千万円はなくなりました。
そのままでは倒産しますので、あわてて国民生活金融公庫に行き、創業支援融資で父親を連帯保証人にして1千万円ほど借りました。
今度こそ、この1千万円で大丈夫だと思っていました・・・・・・。
しかし、さらに3ヶ月経ったとき、お金は底をついていました。
つぎは、大阪府と大阪市の信用保証協会に行き、500万円ずつの合計1千万円を借りることができました。
これで今度こそ、大丈夫と思っていましたが、さらに3ヶ月経つと会社の通帳残高は12万3,600円しかありませんでした・・・。
(中略)
さすがに、この時は精神的に随分とまいっていました。眠ると、必ず借金取りに追いかけられる夢で目が覚めます。
実際には、きちんとした金融機関で借りているのでありえないのですが・・・・・・。(笑)
2002年3月6日の創業から9カ月後の2002年12月末の出来事でした。この年は、年末年始もお金のことばかり考えていました。人生で最もつらいお正月だったかもしれません。
結局、2003年1月末の主張取引先からの入金額が支払額をようやく上回ってくれたおかげで、首の皮一枚のところで倒産の危機を乗り越えることができました。
(中略)
創業からの1年間は、本当にお金に苦しんだ日々でした。お金を借りるためにほとんどの時間を費やしていました。もう二度と同じことを経験したくはありません。

(以下、略)
(引用終わり。下線部は引用者。)


創業時のお金にとにかく苦労した話、そしてようやく単月でキャッシュ・フローがプラスになったので何とか落ち着けた点が、印象的です。この他人のお金を預ったのに稼げないという状況は、この状況にならないとなかなか実感できないのかもしれません。このエピソードについて、「借入じゃなくて、最初からVCとかエンジェルから出資を得られればよかったのではないか」とか「固定費が高かったのではないか」と批判するのは、簡単です。もちろん最初から素晴らしいネットワークと知識があれば、ここまで苦労されなかったのかもしれません。しかし、起業や経営では、全てが完全に揃うこと等ありませんし、想定外のことが日常的に起きます。計画通りにいかないことが当たり前の世界です。その時に、一番苦しいことの一つがお金の問題だと思います。お金が目の前から消えていくと、なかなか冷静に思考することができなくなってきますし、目先のお金を追いかけがちになります。撤退すべき事業でも撤退のタイミングを失わず固執してしまうかもしれません。伊藤社長は、このような激しい苦労を経ながらも、事業を軌道にのせ、現在、事業を成長させておられます。それもこの間の大変な時期を乗り切り、その経験を後に活かした伊藤社長の才覚があってこそではないでしょうか。

ちなみに、この本は、ベンチャー・キャピタル出身で今も起業家支援をされている嶋内社長と、まさにベンチャー・キャピタルから投資を受けて会社を成長させて来られた伊藤社長の共著ということで、ベンチャー・サポート側と、ベンチャー企業側の方の両方の視点が得られる本となっています。お二人とも直接存じ上げていますが、とても能力が高く、素敵なお二人です。

起業を目指される方は、当初のお金が底をつきかけた場合に、自分がどういう心理状況になるか、それでも今の志がつらぬけるか、冷静な判断ができるかということを、思考実験していただくのも、良いかもしれないですね。

2010年10月08日 11:30|カテゴリー:未分類||2件のコメント

企業が従業員に提出してもらうべき誓約書の内容(その4)

以前、企業が従業員に提出してもらうべき誓約書の内容について検討しました。
その1
その2
その3


今回、さらに付け加えておいた方がよいと考えたことを、今回備忘録的にエントリーにしておきたいと思います。


それは、会社の従業員に対する調査権です。もう少し具体的に言えば、従業員が業務のために利用する机の引き出しやロッカー、パソコン等の電子機器や記録媒体について、会社は、いつでも管理している従業員に断ることなく調査できる旨の内容等です。場合によっては、調査権者を会社の親会社やグループ会社、それらの監査役等と広く設定しておくことや、所持品等の調査を行い得る場合も含めることも検討しても良いかもしれません。


本来、会社が業務のために従業員に使用許諾している備品や電子機器等は、会社が管理・所有するものですので、原則としては、いつでも調査できるはずです。とはいえ、従業員のプライバシー権等の人格権の問題もあり、所持品検査等の侵害性が強い方法による調査は、違法となる可能性があります。判例では、所持品検査等の調査については、合理的な理由があること、妥当な方法と程度であること、制度として画一的に実施すること、就業規則等の明示の根拠があること等が適法と言えるための条件と考えられています。


より一般化して考えると、従業員に対する調査については、調査の態様や程度を勘案した上で、(i)必要性、(ii)相当性、(iii)手続的適正の3つの観点から判断されることになると考えます。


そこで、(iii)の手続的適正を満たすために、予め従業員からの誓約書に、会社の従業員に対する調査権を規定しておくことが良いのではないだろうか、ということです。

誓約書の作成について検討されている場合、会社がいつどのような範囲で調査できるのかを明確にして誓約書に規定することを、ご検討いただければ幸いです。

p.s. 実は、このエントリーのきっかけとなったのは、山口利昭先生の『内部告発・内部通報 -その「光」と「影」- (守れるか企業の信用、どうなる通報者の権利)』という本の出版記念講演です。この本では、過去事例や判例も多く掲載されており、会社のコンプライアンスを担当する部署の方や、会社のヘルプラインを担当する社外の弁護士にも必携かと思います。

2010年10月08日 08:30|カテゴリー:企業法務||コメントはまだありません
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