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国際法務の部屋

「我が国企業による海外M&A研究会」報告書(平成30年3月 経済産業省 )について~その2

 

1 はじめに

前回は、平成30年3月に、経済産業省が発表した「我が国企業による海外M&A研究会報告書」(以下、「報告書」といいます)のうち、「デュー・デリジェンス(DD)-優先順位付けに基づいて仮説検証する」をご紹介しました。

本稿では、DD等で発覚した懸案事項やリスクについて、対象企業との交渉や契約にどのように反映させていくべきかを検討した、「契約交渉-冷静にリスクに対処する」の部分(報告書44~50頁)をご紹介します。

報告書では、懸案事項やリスクへの対処方法は、一般的に、

① 買収価格への反映(潜在的債務等リスクの定量化)

② 取引条件(補償、クロージング条件等)による対応

③ PMI(Post Merger Ingegration)プロセスを通じたリスクの緩和

④ M&A交渉からの撤退

の4つの手法が考えられ、問題になっているリスクの性質やインパクトを正しく評価しつつ、これらの手法を(組み合わせも含め)適切に選択していく必要があるとされています。このうち、本稿では、①と②について報告書がさらに分析している部分を紹介します。

①買収価格への反映(潜在的債務等リスクの定量化)に関する報告書の記載

ディールの過程で発見された懸案事項・リスクのうち、その現状維持・回復やリスク回避のために必要な追加投資等が定量的に算出可能なものについては、買収価格に反映する(買収価格を減額する)ことが考えられる。対応コストを適切に算出できなかった場合、クロージング後に想定以上のコストが必要となり、結果として買い手の買収コスト増につながるリスクもある。

(筆者注:たとえば、DDの結果土壌汚染が発見された場合にその汚染を除去する費用を買収価格から差し引くといった事例が考えられます。)

②取引条件(補償、クロージング条件等)による対応についての報告書の記載

買収契約:総論

海外M&Aにおいては契約書が極めて重要である。この買収契約の巧拙が、想定した内容・条件での取引の実行を確保し、その後のPMIを円滑に進めてM&Aの成果を上げていくうえでの大きな鍵となりうることを認識しておくべきである。買収契約で盛り込まれていない事項について、クロージング後にあらためて交渉することはかなりの困難を伴う。契約書において漏れのないよう適切に手当てすることが必須条件となる。その際、買い手が案件の重要事項や対象企業のリスクを正確に把握できていれば、それに対する契約上の手当ての内容を具体的に設定することができる。具体的な提案の方が売り手に受け入れられやすく、クロージングに向けた協力関係を構築することにも役立つ。その際、買い手が案件の重要事項や対象企業のリスクを正確に把握できていれば、それに対する契約上の手当ての内容を具体的に設定することができる。買収契約において、契約締結後のPMIを見据えた規定を含めることも重要といえる。具体的には、統合準備委員会の設置や委員会での検討項目等についても買収契約の中で合意し、買収先に協力を依頼しておくことで、PMIに向けた準備を円滑に進めることができる。

イ 買収契約:各論

買収契約におけるリスクの手当てという観点からは、以下の規定が重要であり、通 常これらが交渉の重要なポイントとなる。

(ア)クロージング条件(Conditions Precedent

主として、当該条件が充足されるまでは取引を実行する義務を負わないという規定(例:DD における重大な発見事項が解消されることを買い手のクロージング条件とする)。

(イ)表明保証(Representations & Warranties

主として、売り手が買い手に対し、対象企業に関する一定の事項が真実かつ正確であることを表明し保証すること。買収前DDの補完となる。

(ウ)誓約事項(Covenants

売り手又は買い手が、クロージング前又は後において、一定の行為を行う又は行わない旨の約束・義務。

(エ)補償(Indemnification

一方当事者について表明保証違反又は誓約・義務違反があった場合に、相手方が被った損害を補償する旨の合意。違反がなくても一定の事項から生じる損害を補償する旨の合意(特別補償)がなされることもある。補償期間や補償金額の制限が設けられることが多い。案件の重要事項や対象企業のリスクを正確に把握している場合、コベナンツやクロージング条件を具体的に設定でき、有効な手段として機能する。売り手はその条件を呑まないと契約締結に至らないため、クロージングに向けて協力関係が構築できる。一方で、案件の重要事項やリスクが明確に把握できていないと契約交渉時点で「買い手の満足する○○にすること」といった曖昧な提案になってしまいがちである(条件が曖昧なほど売り手は条件をのまず、妥協点が緩くなる)。

ウ 表明保証保険

表明保証保険とは、表明保証違反に起因して被保険者(多くの場合、買い手)が被る経済的損失を填補する保険をいう。近年、M&A において表明保証保険を活用する企業が増えており、特に、海外のPE ファンドによる売却案件等では、買い手による表明保証保険の利用が前提となる場合もある。M&Aのリスク低減の方法としての表明保証保険は日本企業にとっても効果的な選択肢の一つになりうる。買い手にとっては、表明保証違反に基づく補償に関して、売り手が十分な補償期間・補償金額に合意しない場合(売り手の補償責任の上乗せ)や、売主の履行能力や財政状態に懸念がある場合(売り手の信用力の補完)等において、一定範囲で保険填補を受けられるというメリットがある。一方で当事者が認識していた表明保証違反や罰金・課徴金等のように保険の範囲から除外されるものがあるほか、そもそも保険会社が満足するDDを行っていることが前提となっている(DDを代替するものではない)ことに留意する必要がある。

2 まとめ

M&Aにあたっては、上記に記載されている条項をより具体的に定める必要があると同時に、その他の解除条項(Termination Clause)や損害賠償条項(Remedy Clause)等についても詳細に規定する必要があります。また、表明保証保険については、M&Aの買手側は、そのメリット及びデメリットを理解し、表明保証保険の対象範囲もよく確認して利用を検討する必要があります。

 

参考Webサイト(経済産業省)

http://www.meti.go.jp/press/2017/03/20180327003/20180327003.html

文責:河野雄介

2018年08月10日 18:57|カテゴリー:|コメントはまだありません

債務不履行企業の法定代表者以外の者が制裁対象とされるリスクについて

はじめに

本稿は、中国最高人民法院の判例をもとに、判決により確定された義務を意図的に履行しない被執行人が企業である場合、その法定代表者以外の者が制裁対象とされるリスクについて検討します。

判例紹介:(2017)最高法執復73号

日系企業A社(シンガポール法人)が中国企業B社を訴えた国際貨物売買契約紛争案件において、山東省高級人民法院は、B社がA社に対し貨物代金X米ドルを支払うと判決を下しました。

B社が所定期間内に上述した金銭債務を履行しないため、A社は強制執行を申請しました。強制執行期間中、B社が依然として金銭債務を履行せず、それにもかかわらず、法定代表者の変更手続を行いました。

A社の申請を受け、山東省高級人民法院は、B社の元法定代表者Cが、B社が本件債務を履行する否かに影響を及ぼす直接責任者であると認定し、Cに対する出国制限措置を命じました。

Cは当該命令に不服申立てし、最高人民法院に対し再審査を提起しました。最高人民法院は審査を経て、Cの請求を却下しました。

解説

出国制限については、中国民事訴訟法255条によれば、被執行人が法律文書により確定された義務を履行しない場合、人民法院は、当該被執行人に対して出国制限を行うことができるとされています。

そして、最高人民法院が制定した、「『民事訴訟法』の執行手続の適用における若干問題に関する解釈」(以下「執行司法解釈」)によれば、被執行人が単位である場合、その法定代表者、主要責任者または債務履行に影響を及ぼす直接責任者に対して出国制限を行うことができる(執行司法解釈37条)とされています。

判決より確定された義務を履行しない企業の法定代表者が、相手方当事者から出国制限措置の申請または人民法院による職権判断により出国制限をされてしまうリスクについて、2018年4月4日に本ブログに掲載した「中国における民事訴訟と出国制限リスクについて」で解説しました。法定代表者のほか、単位の主要責任者、債務履行に影響を及ぼす直接責任者も、執行司法解釈37条により出国制限措置の対象とされています。

本判例において、最高人民法院による調査で、①Cが本件取引のB社側の決定者であること、②本件紛争発生時、CがB社の法定代表者を務めていたこと、③強制執行申請時、Cが債務履行についてA社と協議し続けたことを判明したうえ、CはB社が本件債務を履行するか否かについて決定的な影響力を有する人物であると認定しました。その結果、Cが執行司法解釈37条に定める「債務履行に影響を及ぼす直接責任者」とされ、出国制限措置を命じられました。

出国制限の制裁対象のほか、最高人民法院が制定した、「被執行人による高度消費への制限に関する若干規定」(以下「消費制限司法解釈」という)によれば、判決より確定された義務を履行しない被執行人による9種類の消費が制限されます。被執行人が法人の場合、その法定代表者、主要責任者、債務履行に影響を及ぼす直接責任者、実質的支配人が前述した消費制限を受けることとなります。9種類の消費制限のうち、飛行機や新幹線(中国語:高鉄)のチケットを買えないことや、星付のホテルに泊まることができないことは、業務および生活に多大な影響を与える制裁措置といえます。消費制限司法解釈の詳細は、2018年7月10日に本ブログに掲載した「情報化社会とともに進む中国の執行に関する最新動向(その二)」をご参照ください。

上述した法定代表者以外の者が出国制限または消費制限の対象とされることは、法律上可能ですが、実務上、その判例はあまり見当たりませんでした。主要責任者、債務履行に影響を及ぼす直接責任者、実質的支配人をどう認定するか、裁判上まだ明確な基準はありませんが、本判例は最高人民法院による執行に関する再審査裁定という珍しい手続によるものであり、その認定が他の人民法院の判断にあたっても参考にされると思われます。近年、最高人民法院が「執行難」を解決することに努めており、法律文書より確定された義務を意図的に履行しない被執行人を厳しく制裁している背景からすると、今後、本判例のように、法定代表者以外の者を制裁対象とする裁判例が増えると思われます。

(文責 李航 中国弁護士)

2018年08月03日 17:03|カテゴリー:|コメントはまだありません
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